「諦め」という恐ろしい心の病。

こんばんは、satoです。

摂理の御言葉で

自分の矛盾と考えと行ないを直す時もそうです。
直す時<繊細に>やってこそ、その矛盾が<完全な考えと行ない>にまで漏れてくることがありません。
繊細にやらなければ、結局「直した所」まで影響を受け、「どうして、直したのに私はいつもこうなのか?」と言って諦めます。
<繊細さ>が「答え」です。

鄭明析牧師の主日の御言葉「繊細にやりなさい。やる時にやりなさい。束ねてあげ、縫ってあげなさい。」より

という話が出ていたのですが、ちょうど自分の心を見つめ直す機会がありました。
その中で私が感じたのが

何をすればいいのか分からない。
自分は何を目指せばいいのか分からない。
何にもやる気が起きない。

という「無気力感」でした。これ、いつも私が心の中に抱えていた問題でした。

また、いつも心の中に雑念がある時、自分の根底にどうしても何かが残っている感じがしていたのです。
それを消そうと祈りでひたすら妨害する考えを退かせていました。世の中の煩悩とか、自分の悪い感情とか…。
しかし、どうやってもそれが消えませんでした。

これはいったい…と思いながら、振り返ってみました。
確かに私の中で多くのことは直しているはず。
愛の感情とか、否定的な感情についてはだいぶ受容できて安定している。
それなのに、なんで…と思ったときに、あることに気づきました。

私は自分の持つ特性によって出てくる「苦手」なことを「できない」と言って諦めていたということを。
たとえば、カウンセリングに行ったときにスケジュールを作って管理することを薦められました。ところが、このことに何回か挑戦したのですがだんだんとなぁなぁになってしまい、いつの間にか忘れてしまっていたのです。
私の場合、「定められたこと」があるとそれを起点に頑張れるのですが、それがなく漫然としていると何もできなくなる、という弱点がありました。
それを克服するための「スケジュール立て」だったのですが、事あるごとに「スケジュールを立てる」ことがうまくいかず、またスケジュールを立てても予定通りにできないこともありました。
あるルールがあって、それを一度守れないと「これは守るべきものなのか否か」が曖昧になってしまう、という特性由来の癖で、だんだんとスケジュールが形骸化してしまっていたのです。
また、「習慣になるまでとても時間がかかる」という問題もありました。これも脳の特性由来のものです。
「頭の中にあるけど、行動に移せない」とか「注意が逸れてできなくなる」とか。
(ちなみに、ブログを書いた時には「何があっても毎日一記事書く」ということを半ば強迫観念に近いくらいに一年書き続けていました。
おかげで、現在はブログを書く習慣が身に付きました)

私は発達障害を持つ当事者が書いているマガジンを定期購読しているのですが、ここではその人たちが持つ自分の経験談を面白おかしく、時にシリアスに語ってくださいます。
その中で、互いが持つ特性について理解が深まっていくのですが、私も読みながらだいぶ自分の特性について整理できました。これには本当に感謝です。

そう、これまで「スケジュール立て→行動」がうまくできなかったのは「自分の特性」を完全に理解できていなかったから。理解した今ならできるかも。
そもそも、ブログという「習慣づけ」の成功例があるのだから、そのようにすればいい。
しかし、過去の失敗経験から「やってもできない…」という諦めの考えが私を抑えつけていました。
スケジュールがなければ生活に軸がなく、それによって生活が漫然としてしまい、苦しんでいたのでした。

つまり、諦め」によって私の「やろうとする」心が死んでいたのでした。
本当に「諦める」というのは恐ろしいことです。

もちろん、中には「諦める」のが必要な時もあります。たとえば、今私がどんなに卓球を頑張っても「卓球男子の日本代表」になることはできないでしょう。(なりたいというわけでもないですが)
しかし、自分の生活を安定させること、生きるのに必要なことを「諦める」ということはほぼ「自殺」に近いこと。
私はそのことを心に持っていたので、「無気力感」が出ていたのでした。

これは私の実感でもありますが、「発達障害」を持っていたとしても時になれば「成長して、できなかったことができるようになる」ことがあります。
たとえそれが「世間一般ではできないと言われていること」だとしても。神様が与えてくださった「成長の祝福」というのは想像以上に大きなものです。
(ただ、それが「多くの人ができるようになる時期」と異なるから「発達障害」と言われているだけです)
だから、今は出来なくても最後まで諦めなければ必ずできるようになります。

と、私自身に言い聞かせ。
スケジュール立て、人と話すこと、一つ一つできるようになると希望を持って頑張ってみます。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。