朝スッキリ!


明け方に祈ると、スッキリします。

このスッキリ感、掃除をし終わった後のスッキリ感に似ています^^

だから、朝から気分がいいです。

 

私、朝起きるのはそこまで苦痛ではありませんでした。

中学、高校、大学と、試験勉強は夜遅くまで、そして明け方の3時、4時、5時に起きてやっていました。

まぁ、当時に私にとっては、命がかかっていた試験でしたから、無理やりにでも起きていました。

頭はスッキリしていたか、定かではありません^^;

ボーってしていたかもです(笑)

 

摂理の教会に通うようになって、お祈りというものを知りました。

お祈りは、人に聞かせるのではなく、神様との対話だと学びました。

対話ですから、なんでも、自由に、気楽に話していいんです。

例えるならば、

愛する人を横にして、秘密の会話を楽しむという感覚ですね。

そんな時間を持てたら幸せじゃないですか☆

しかも毎日^^♪

 

お祈りって、そんな感じです。

 

私たちは、どんな時に人と話をしたいでしょうか。

何か伝えたいことがある。

何か、問題を解決したい。

何か、一緒に共有したい。

何か、わかってもらいたいことがある。

 

そうですね。

一言で言うと、共感したいからだと思います。

心を合わせたいんですね。

 

人と対話をしていくと、話していくうちに、ピン!とある考えが浮かんだり、

素晴らしい解決策を見出したりします。

神様との対話も同じです。

神様にお祈りしていくと、生活の中で起こる様々な問題も、嬉しいことも、悲しいことも、何でも聞いてくださいます。そして、頭の中に、神様からの答えが浮かんできます。パッと、頭に閃くように浮かぶ時もあれば、じわじわと、祈っている中で自分が気づくこともあります。そして、お祈りし終わると、頭がスッキリしています。

 

あ、神様は、私たち人間一人一人を、新郎の唯一の新婦のように、愛してくださっています。

新郎だから、朝誰もいない時間から、新婦の声を聞きたいわけです。

そして、一緒に明け方の甘い時間を過ごしたいわけです。

なんて甘美な時間なんでしょう^^

明け方の祈りは、神様と共にこのように過ごす時間です。

そして、明け方に祈った祈りは、生活しながら祈る中で、一番きかれると言われます。

しかも、そのまま、1日スッキリ過ごすことができます。

 

もちろん、眠い時はあります。

人間は肉体を持っていますから、疲れることも多々あります。

そうしながらも、愛する人のためなら、皆さん火の中、水の中、飛び込むんじゃないですか?

ましてや、愛する人が私のために待っているとしたら、どうですか?

何時でも向かうんじゃないですか?

秘密の、愛の対話を交わすために。

明け方の祈りは、そういう時間です^^

 

今日は、主日礼拝の日です。

1日の始まりであり、1週間の始まり、お祈りをスッキリとして、気持ち良く始めていきたいです。

 

 

 

 

この記事を書いたブロガー

Yo
摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活をするYo。
1985年生まれ。長崎県長崎市出身。東京在住。最近は安くていいもの巡りにハマっている☆

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