戦後70年に考える〜鄭明析(チョンミョンソク)牧師とベトナム戦争のお話し〜


皆さんこんにちは☆Yoです^^

今日も暑い一日が続いていますね。

洗濯物は完全に乾いてくれて、梅雨時期の悩みが嘘のように解消されていることに感謝します☆

この夏をうまく過ごせるかどうかで、一年がうまく過ごせるかどうか、大きく変わってきますよね。

今年は、日本に原子爆弾が投下され、終戦を迎えてから70年に当たる年です。

ちょうど、8月6日は広島に原子爆弾が投下された日ですね。

冥福の祈りを各地で捧げれていることだと思います。

摂理メンバーの皆さんも、お祈りを捧げています。

 

戦争は、本当にすべてが狂ってしまう恐ろしいものです。

一番怖いのは、人間が狂ってしまうことです。

神風特攻隊など、自分自身が弾薬となり、行けば最期という、良く言えばお国のためにという感謝なことですが、ある面から見れば、それは人間のやることではないのでは・・・と考えに耽る方も多いのではと思います。

この時期、命の尊厳について、考える良い機会となりそうです。

 

命、誰一人として、軽んじられて良い命をお持ちの方はいません。

人間は人間の命を奪う権利もないし、どうこうする権利もないと考えます。

チョンミョンソク牧師も、ご自身がベトナム戦争に参戦するということを2回も経験されました。

ベトナム戦争中、多くの人々が命を失い、ただの肉の塊になって死んで行った姿を見たとおっしゃいました。

命の尊厳性を悟ったと話されたことがありました。

 

チョンミョンソク牧師は、敵を目の前にしても、いつも敵に向けて銃を撃ったことはなかったとおっしゃいました。

銃を持っていたとしても、敵がいない方に向けて撃つか、空砲を撃って、威嚇して、敵が死なないようにしていたということです。

そして、敵がいたらうまく生け捕りにし、捕虜にして死なないようにしていました。

また、捕虜として連れ帰った敵軍に対して、上官が暴行を加えはじめたときも、チョンミョンソク牧師自ら止めに入り、『やめてください、この方にも待っている方々がいらっしゃいます。』と、自分が暴行を受ける可能性もあるのに関わらず、命を大切にするチョンミョンソク牧師の姿がありました。

 

皆さん、自分の命を狙いに来る人々を許すことができるでしょうか。

自分の精神も崩壊しかけない悲惨な現状の中で、命に対して尊厳や愛の感覚を正常に保ちながら生き抜くことができるでしょうか。

 

チョンミョンソク牧師は、ただひたすら、『命を愛しなさい』という神様の御言葉の通りに、ベトナム戦争中一人も命を奪うことはしませんでした。

そして、ご自身も2度の派兵にも関わらず、無事に生還されました。

 

死線を越えて生きてこられたチョンミョンソク牧師の御言葉には、命を愛する想いがたくさん詰まっているのを感じます。

皆さんも、ぜひ、チョンミョンソク牧師の御言葉を聞いてみてください。

また、チョンミョンソク牧師の御言葉を聞きながら、生き生きと生活している摂理(キリスト教福音宣教会)の教会に通う人々のリアルな声をお聞きください。

摂理ブログ-Japan Providence Blog-

面白いですよ☆

 

 

世界に平和が拡がることを祈ります。

長崎より。

 

 

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この記事を書いたブロガー

Yo
摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活をするYo。
1985年生まれ。長崎県長崎市出身。東京在住。最近は安くていいもの巡りにハマっている☆

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