祖父


先週の土曜日、母からメールがきました。

「爺ちゃんが死んだ。」と。

メールを見た時は、他人事だと思いました。重要なことなら電話で来るはずなので。

でも、冷静になってすぐ見返してみました。やはり同じ内容です。それでやっと僕の爺ちゃんが死んだということがわかりました。

 

でもなんで。

元気さだけはどこの爺ちゃんよりも自慢できる人でした。

数え年で90歳。それなのに、白髪はほとんどありません。

タバコは僕が中学生の時に入院してから止めさせられて、全く吸いません。酒もほとんど飲みません。

80歳を超えても、自転車で2キロ先の畑に行くこともありました。

毎日父と一緒にくそ暑い夏も、冬も畑仕事をしているような人でした。

亡くなる前の日も畑で仕事をしていたのですから。

 

本当に突然でした。

朝7時頃に倒れ、8時過ぎに亡くなったので…

大分経ちますが、今でも信じられません。

 

最後に会ったのは去年の8月。

もっと話したかった。

 

口うるさくて、特に身体のことには本当にうるさかった。

でも、家族にとっては必要な人でした。

ダメなものはダメと言い、嫌なことは嫌だと言いながらもやろうとする。

客観的に見れば、口が達者な人ですが、お葬式で沢山の人から爺ちゃんのことを聞くと、どんな人だったのかが見えてきました。

 

岩手に帰ったのは、翌日の日曜日。その夜は0度近くまで冷え込みました。

が、翌日のお通夜、そして、翌々日のお葬式は、春のような穏やかな天気でした。しかも満開の桜。

まるで爺ちゃんのような天気だな。そういう人もいました。

僕はきっと神様が見てくれてるんだな。そう思いながら、数日間何度も泣きました。

お別れの言葉は、孫が話すべきなのですが、話す前から泣いていたので、言葉がでないだろうと思い話しませんでした。

 

 

倒れた時は、苦しそうな顔をしていたようですが、今は穏やかな顔で、大勢の家族や親戚に見送らあれて喜んでいるようでした。

 

 

 

死んだ人に二度と会うことはできません。

婆ちゃんの介護。畑仕事。近所付き合い…

時にはうるさいな…そう思う時もありましたが、いなくなると、静かで、存在感があったのかがわかります。

これからは両親が婆ちゃんの介護をすることになるかもしれません。

畑仕事は父とお手伝いの人で1人少なくなります。

うるさくああだこうだ言ってくれません。

 

爺ちゃんがいた。それだけでありがたかった。

時が経つと、こういう気持ちもなくなってしまうんだろう。それはそれで、悲しいけれど、

これからは新しい気持ちで生きていきたいと思います。

 

爺ちゃんの孫でよかったよ。

天国で、ゆっくり休んでね。

本当にありがとう。

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岩手→東京(大学→社会人) 興味は広く浅く。摂理の社会人の日常をありのまま書いていきます。 東京に来て7年が経ちましたが、岩手も大好き、海山温泉大好きです。 最近は、映像にハマりだしてます(^o^)