代数幾何学と数論幾何学の歴史

代数幾何学と数論幾何学、この二つの分野の違いは

代数幾何学は予想を解き、数論幾何学は予想に基づいて理論を作る分野

であるという話を聞いたのですが、この話についてもう少し深く突き詰めてみたいと思います。

そもそも、代数幾何学というのは元々「代数方程式の解の集合からなる図形(代数多様体)を研究する」分野です。
この試みは古くはデカルトの時代から成されていて、皆さんが習ったことのある放物線や円もこの代数幾何学の研究の範囲にあります。
代数方程式はそれ以外の式、たとえば三角関数や指数関数と違って、四則演算(加減乗除)によって作られています。なので、数値を計算することも可能です。
それでいて、古くからある連立方程式や3,4,5次方程式などにもつながっていて、とても興味深い研究がされています。

一方、数論幾何学とはどういうものか…を説明する前に、まず数学には「数論」という分野があります。
数論というのは「数に関する性質」について研究する分野です。こう書くと「それって数学のことでは?」と考えそうなものですが、実際これは間違いではありません。
現代の数論は、数学の各分野の結果を使って研究が進められています。「すべての数学は数論のためにある」とか「数論は数学の女王である」とか、そういう表現もあるほど、数学の花形と言えます。
実際、フェルマーが17世紀に問題を提起し、約400年もの間人々を悩ませたフェルマーの最終定理は当時研究の最前線にあった結果を駆使し証明されました。
数論の中でも、特に整数論は高校生の時に一度はやったことのあるはずで、手計算でも解くことができる楽しみがあります。(逆に方針が分からず苦しかった人もいるかもしれません…)

数論というのは、ちょうど解析学とは逆の「離散的」なものを扱います。
解析学では基本「連続的」な実数や複素数を中心として理論を展開していきます。その根源にあるのが「実数の連続性」と呼ばれる公理です。
これに対して、数論は整数の他に素数pで割った余りの世界(有限体)やその拡大、あとはp進数などを対象としています。これらは皆「離散的」、すなわちとびとびなものと考えていいです。

ところで、数学には図形を扱う幾何学という分野もあります。
この幾何学には「微分」を中心に扱う微分幾何学、「位相(繋がり具合)」を扱う位相幾何学、「内積」のある図形を扱う幾何学など様々な視点からの研究がされています。
また、代数幾何学も幾何学の一種で、代数幾何学はそれ自体で様々な理論を発展させていきました。
図形というのは基本線や面でできているので、「連続的」なものと相性がいいです。つまり、解析学と幾何学を組み合わせた話が多いです。
これに対して、グロタンディークという数学者は離散的な世界でも連続的な世界の図形と同様の性質を満たす図形が存在するだろうという考えのもと、先ほどの代数幾何学の理論をほぼ自力で再構築した上でその理論を用いて数論の問題を解いていく方針を打ち立てました。この「(代数)幾何学的アプローチで数論の問題を解く」というのが数論幾何学という分野です。

この数論幾何学の始まりはヴェイユ予想からだと私は考えます。
ヴェイユ予想というのは、代数多様体から作られる「合同ゼータ関数」に関する性質に対する予想です。
ゼータ関数といえば「リーマン予想」で出てきたリーマンゼータ関数が有名ですが、その有限体における類似のものが合同ゼータ関数です。
ヴェイユは自分のこの予想に対して有限体上の代数多様体(とびとびの点からなるもの)に対しても普通の図形と同じような性質(具体的には「穴の数」とか)が考えられて、そこから予想が示されるという大胆な「ビジョン」を話しました。
これを実現したのがグロタンディークで、グロタンディークは実際に有限体上の代数多様体に対して普通の図形が持っている「(コ)ホモロジー」を創り出し、その性質について研究した結果その一部を証明しました。
(最終的には弟子のドリーニュによってすべてが示されましたが、その際、グロタンディークが持っていた「ビジョン」と計画を外れて独自の方法で示していました)

先ほど「数論は数学の各分野の結果を用いて研究されている」と書きましたが、数論幾何学は特に(連続的な世界での)図形での結果のアナロジー(類似、推察)から「ビジョン」を見出し、それを構成していくことによって研究が進められています。
この例は色々あるのですが…たとえば、連続的な世界における(複素)解析学と類似の結果が離散的な世界でも成り立つところから、「離散的な世界でも複素解析学のような理論が存在する」と考えられて作られたのがリジッド解析学です。
また、関数には「微分」という操作があり、この操作をする象徴として「微分作用素」というものがあります。
この微分作用素からなる非可換環の理論から微分方程式を考えようというのが「D-加群」の理論です。これと類似の結果が離散的な世界にも存在するのではないか?と考えて研究を進めている人もいます。
ちなみに、この数論幾何学の最先端の結果の一つが、京大の望月新一教授が打ち立てた「inter-universal タイヒミュラー理論」です。もはや数論幾何学の枠組みを超えているのですが…。

数論幾何学の研究では先に何かしらの「ビジョン」というものがあって、それを実現するために(論理の破綻がない)理論を作るという風に動いています。
実は、この流れは数論幾何学に限らず各分野において新たな理論が創られる時には必ず起きているものです。
つまり、数学の研究においては(おいても?)「ビジョン」という見えないものが先にあり、それに合わせて見える数式を作っていく、という流れがあるのです。
そして、これがいわば「数学者の持つ哲学、あるいは信仰」と言えるのです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。