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鄭明析先生への誤解が解けるまで

鄭明析先生への誤解が解けるまで

鄭明析先生への誤解が解けるまで、その1

おはようございます、satoです。

以前私が摂理に来て間もなくネットを通して「摂理がカルトである」という記事に触れた話、自分が摂理に来るまでの経緯を書きました。
現在はそれを一つの記事にまとめている最中なのですが、今回からその続きを書きたいと思います。
題して鄭明析先生への誤解が解けるまでの話です。

摂理に来てから色々な摂理に関する情報を聞いたのですが、その中には鄭明析先生の判決の話もありました。
現在鄭明析先生は「性犯罪により懲役10年」の判決を受けて現在刑務所に服役中です。ここで「」としたのは、この裁判が「証拠不十分」であったり、「証言が変遷」していたり、そもそも「公平性に欠けた」判決であるからです。詳しくは「摂理の真実」というサイトに載っていますので気になる方はご一読ください。

今でこそこのように話していますが、私がネットの情報に触れてしばらくは、完全に鄭明析先生に対して誤解していました。
最も、この時点で私は完全に「イエス様」に対して折れていて、イエス様に対する信仰を強く持っていたために摂理を離れることはありませんでした。
でも、先生に対してはあまり良くないイメージを持っていました。正直。

その他、摂理の聖霊集会とか様々なことに対しても内心色々疑念がありました。
今もそうですが、当時の私はかなり非現実的な妄想を抱く傾向にあり(今思えばサタン(という邪魔する霊)にかなり影響されていました)、突拍子もない発想で「洗脳しているのではないか」「正気を奪っているのではないか」という風に考えていました。

そんな私の若干異常な疑念を吹き飛ばすような大きな出来事が…あったわけではないのですが、私の場合は少しずつ神様が誤解を解いてくださいました。
その大きな転換となる出来事が摂理に来て約2年となる2011年にありました。
この頃の私はイエス様に対する愛はかなり熱かった方でしたが、生活における信仰が根付いてなく、信仰生活が全く楽しめませんでした。
それで、北海道を離れてしばらく色々な教会を回っていた最中でした。それが3月でした。
2011年3月といえば3.11東日本大震災があり、私は横浜中華街で教会の方々とご飯を食べていた最中に地震がありました。が、今回はちょっと置いといて。

その後、ある時のお祈り会でのこと。
何か先生について祈っていたのだったか、よく覚えていないのですが、とにかく祈っている時にふと

「性犯罪で懲役10年はおかしくないか?」

という考えが浮かびました。本当に霊感、閃きでした。

当時は先生が何かしらの性犯罪をした、というくらいの情報しかなかったのですが、私はこのことを考えた結果鄭明析先生が懲役10年を受けたのには何か別の理由があるのではないか?という結論に至りました。その理由は後に悟るのですが、これによって私の鄭明析先生に対する悪いイメージは少し軽減されました。

基本的に性犯罪で懲役10年以上の刑というのはそうない、気がします。改めて調べてみましたが、早稲田大学の某サークルの起こした事件で首謀者が懲役14年でした。
この事件が極悪非道な性犯罪であることを鑑みると、懲役10年というのは相当に重いと考えられます。
その一方で、鄭明析先生は「宗教指導者である立場を利用して性犯罪をした」とされていますが、中国で同様の訴訟をされて検察が調べた結果無実であることが証明されたり、訴えた側の女性の一人が「実際には性犯罪をされていない」と発言を覆したり、他の訴えた女性にも性犯罪をされた様子がない、等々色々おかしなところがある中での判決なので、やはり重すぎると感じるのは私だけではないと思います。

(実際のところ鄭明析先生に対する罪状は間違いで、鄭明析先生はそのような犯罪は一切犯していません。
また、摂理内で「性犯罪を幇助している」ということも間違いです。第一、もし摂理が(一部の人が言うような)「鄭明析先生が女性と色々する」ための場所なら、「お金もない男子学生」である私がここにいるのがおかしいでしょう)

このようにして「性犯罪をした?」という考えから抜け出して、鄭明析先生に対してある程度中立的に見られるようになった私。
このあと、私は一つ大きな信仰の壁にぶつかります。そして、そこから「私と鄭明析先生」のやり取りが始まるのでした。

…ちなみに、私自身は鄭明析先生には一度も直接お会いしたことはありません。(私が摂理に来たのは2009年で、すでに10年刑の判決を受けたあとでした)
じゃあ、何でやり取りしたのか、というのはこのあと書きたいと思います。

 

鄭明析先生への誤解が解けるまで、その2

おはようございます、satoです。

昨日に引き続き鄭明析先生に対して持っていた悪いイメージと誤解が解けるまでの経緯を正直に書いていきます。
昨日は鄭明析先生の判決に対して「ちょっと変?」と違和感を感じ、鄭明析先生が「悪い人」というところから抜け出た話をしました。

ところで、私は鄭明析先生のことを「先生」と付けて呼んでいますし、ここにも書いています。
それは…ぶっちゃけ摂理の人が皆「先生」と呼んでいるから私もそう呼んだ、というところから来ています^^;
しかし、私自身も「先生」と心から呼んでいます。それは私を死んだ状態から救い出してくださったからです。
今日からしばらくこの経緯について書きたいと思います。

私が摂理に来てから2年後、2011年。3月に鄭明析先生への悪意あるイメージから少し転換されたのですが、その後鄭明析先生のことについてはあまり考えていませんでした。
それより目の前のことに夢中になっていたからでした。

そんな中、私は「異性」についてかなり苦しんでいました。
摂理に来て色々自由にして良いのですが、3つだけ「確実にしてはいけない」と言われているのが「お酒を飲む」「タバコを吸う」、そして「(神様からの許諾のないまま)異性と関係を持つ」ということでした。
このうち、タバコはそもそも吸ったことがなく、お酒もそんなに飲まないのでそこまで苦ではありませんでした。
しかし、「異性」に対しては免疫がなく、心がよく流れてしまいました。実際に付き合ったことは一度もないのですが、結構その場にいると気になる…ちょっと関わるとそれだけで意識してしまう…というくらいに心は弱かったです^^;
幸いなのは、意識するだけであまり話しかけられず、結果としてそこまで仲良くなれなかったということでしょうか。

また、自分は「人間関係」をかなり重視する傾向にあり、人の言葉によく流されていました。
自分の言いたいこと、考えはありましたが、それよりも「人から傷を受けたくない」一心でひとまず合わせてしまう癖がありました。
これは中学時代に自分のことを主張した結果いじめられ、それ以上傷を受けたくないがゆえに合わせてきた過去の故でした。

その上、私は「自分が嫌悪している」罪を切れずにいました。
自分の良心が痛むのに、切ることができない。御言葉でもしてはいけないと言われているのに切れない…。
そのことが考えに浮かんで、本当に苦しかったです。

そうやって、自分の良心が痛んでいる時に、ある御言葉が宣布されました。

人々は最後まで自分の異性の問題や、様々な矛盾を隠します。先生がすべてを知って話したら、その時に初めて自分の罪を話します。このように、嘘をついて行なう人は、信頼を失って、いくら条件を山のように立てても、主は以前のように接することはなさいません。主は霊と魂と肉を切り裂いてご覧になります。人は考えで行ないます。考える通りに行なうということです。考えが不義であれば、その行いも不義であり、考えも義であれば、その行いも義で、善です。

-2011年5月18日水曜礼拝の御言葉「完全な愛と御言葉 精神的な患難と霊的な患難の時だ」より

この話を聞いた時、私は衝撃を受けました。「このままではまずい」と感じた私は、現状を牧会者に初めて相談したのでした。
そして、ここから「私の回復」の歴史が始まるのでした…。

 

鄭明析先生への誤解が解けるまで、その3

おはようございます、satoです。

摂理に来て、ネットを通して見た情報によって生じた鄭明析先生への誤解が解けるまでの経緯を続けて書いています。
昨日は2011年に私がぶつかった信仰の壁についてぶっちゃけ、罪の負い目で苦しんでいた私が鄭明析先生の御言葉によって立ち返ろうと決心したところまで書きました。
牧会者に自分の状態を相談し、主に罪を告白して悔い改めた後、断食の条件を経て少し回復した私ですが、そもそもの自分の気持ちやら何やらは残っていて、そこを解くところでとてももがきました。
この過程の中で私は鄭明析先生に深く接するようになりました。なので、このシリーズは別名「自分の心の回復の過程」でもあります。

さて、ちょうどこの頃、メンタルヘルスについて感動を受けていて全国を回られていた摂理のメンバーが北海道に来ていました。
この方は一時期ブログも書いていたのですが、私がこれを読んだ時に「発達障害」のことについて書かれていました。実はその方も発達障害当事者で、自分の経験を書いてくださっていたのでした。
それを読んだ私は直感的に「私は発達障害を持っているのではないか?」と考えました。というのも、今まで感じてた「人と違う感じ」、中学時代の「合わない感覚」、そしてずっと心が苦しんでいたことを受けて「私は何かしらの病気なのではないか?」と考えていたこと…全てがこれで説明できそうだったからです。
また、ちょうど心が苦しかったということもあり、牧会者に相談して、その方に相談することにしました。
その結果、「自分が発達障害の傾向にある」ということと「心の回復」をしていく方がいい、ということになりました。
(このあたりもっと詳しく書きたいのですが、鄭明析先生の話とはズレるのでどこかで書きます)

そこで、私は自分の「異性に弱い心」とか「自分はどうして罪を犯したのか」について深く考え、向き合っていきました。ところが、これがなかなかに大変でした。
なぜなら、自分自身の見たくない過去、傷を見ることになるからです。
そして、流れる心を治められない自分に自暴自棄し、神様に何度も申し訳ない、と話していました。

そんな中、ある時お祈り会で、自分の中にある「怒り」をぶつけていました。
神様を愛せない自分。罪を犯す自分。御言葉通りにできない自分。
そういう自分を率直に、そして悪い感情をぶつけていました

その時、私は「鄭明析先生が笑顔で私を見ている」姿を見ました。
それを見て、「どうして私を見て笑っているんですか!?!?!」と叫びました。あまりに足りない自分なのに、それを見て叱ったり軽蔑するどころかむしろ慈しむように笑うその姿に、当時の私は違和感しかなかったからです。

私は中学時代から「人と同じことができない」人でした。何をやっても「なんか違って」いました。
それで友達と合わずに怒られ、なじられていました。
また、忘れ物をしたり、大事なもの(教科書とかプリントとか)をなくすたびに先生に怒鳴られていました。時には叩かれることもありました。
だから「言うとおりにできないとそのようにされる」と認識していました。

だからこそ、「上手くできない、悪い感情を持っている私を見て微笑む」鄭明析先生の姿が理解できなかったのです。

今にして思えば、悔い改め、立ち返ろうともがく私を見て喜び、愛してくださっている、神様の「許しと寛容」の心で見ていたのでした。
鄭明析先生は自分に対して悪く話す人のために「衣食住に困ることがないように」祈り、愛しました。

それはまさに次の聖句のとおりです。

『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。-マタイによる福音書5章43-45節

また、このような聖句もあります。

あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる九十九匹のためよりも、むしろその一匹のために喜ぶであろう。-マタイによる福音書18章12-13節

イエス様はこの喩えを通して神様は悔い改めて立ち返る人を喜ぶということを教えてくださいました。
罪から立ち返ろうとする私を笑顔で見ていた鄭明析先生の姿はまさにこの聖句の通りだったのです。

このように、私は深い祈りを通して鄭明析先生に出会ったのでした。直接この目で会うのではなく、その精神に。

 

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