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摂理の復活節

こんばんは、satoです。
次の日曜日は「復活祭(イースター)」です。そして今週は「復活節」です。
イースターはキリスト教の祭事で、イエス様の復活を記念しそれを忘れないために行われるものです。まぁ、今となっては「教会で卵(イースターエッグ)を食べる」という形式的なお祭りになっていますが…。
ところで…イエス様の復活と聞くと「肉体が復活した」と信じる人が多いです。特にキリスト教には。それで「再臨したら自分達も復活する!」と信じ、土葬の文化が…。そういうことを信じていると、端から見たら「あいつら気でも狂っているんじゃね?」という声があがってきそうです。
実際、キリストの再臨は現実でないと考える人も多いです。「復活したのが肉体、天に上げられたのも肉体。だから再臨の時も肉体を持って来る」と主張しますが、現実的でないからです。
ここで、先生の御言葉を聞いてみましょう。
「復活とは肉体の復活ではない。
霊の復活、精神の復活、生活の復活だ」
そう、「自分の生活が神様の望む方向に変化すること」こそが復活なのです!
それなら…皆さんも経験あるのでは?
今まで神様を知らなかった人があるとき「神様を信じようかな…」と思うこと。
教会に行きたいと思うこと。聖書を読みたいと思うこと。
そんな些細なこと一つも、復活なのです。
先生の御言葉を聞いてきた人は、その中で変化していく自分を感じてきたことだと思います。その復活した感覚を忘れないで、感謝して。そして、みんなを復活させて行ける人になりたいです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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