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摂理人と「命の日」

摂理人と「命の日」

こんばんは、satoです。
今日は鄭明析先生の誕生日。摂理ではこの日を「命の日」と呼んでいます。
それは、鄭明析先生の御言葉を聞いて、私たちが「生き返った」からです。今まで霊のことも、自分が生きる目的も知らなかった私たち。自分が生きない「死んだ人生」を生き続けて、自分が死んでいることも知らなかった。
そんな私たちが先生の御言葉を聞いて、自分の霊を生かし、創造目的をなす生を生きられるようになった。そのことを聖三位に感謝して、この日を祝います。
…せっかくなので、私が御言葉を聞いて生き返ったことを少しだけ話したいと思います。
私は元々生きてて「不安」が強かったです。
ネットで色々ぐろい映像とか、残酷なストーリーを見続けたために、あるときその画像が「フラッシュバック」して一気に恐怖で精神が不安定になっていました。
また、前回書いたように一年間色々悪口を言われ続けた結果、「自分のしていることで悪口を言われはしないか?」と不安になり、人目を気にしながら行動していました。自分の言いたいことも言えず、失敗を気にして…本当に不安だらけの人生でした。
そんな私が御言葉を聞き始めて。
モチベーションが「自分の空想設定の足しにしよう」というものだったので(笑)最初は全然御言葉が心に入りませんでした。もともと集中力が切れやすく、耳からの情報が入らないこともありましたが。
そんな私が唯一心に強く残るものがありました。それが「神様の愛」。
これはその時見ていたものの影響もあったのかもしれません。ノベルゲームで「シンフォニックレイン」というものがあったのですが、ご存じの方いますか?岡崎律子さんが作中歌を作詞した、という辺りで有名(?)なのですが、あの作品は色々考えさせられる物語が詰まっていたのです。これは別の機会に話せたら、と思います。
その話を聞いたことと、祈りで変化したことで…少しずつそういった不安が解けるようになりました。特に今まで見てきた悪い空想とか画像とか考え方を連想する癖は「神様を考える、意識する」ことで大分収まるようになりました。
また、先生の無条件の愛ー主に御言葉や兄弟姉妹を通して感じたーによって、自分の価値を深く感じて、失敗とか恐れが少しずつですがなくなってきました。だから、今は生活するのがとても楽なんです!
ここ最近このような証を何人かから聞く機会がありました。
今日も昨年礼拝に来るようになった子が先生への感謝の手紙を読み上げていました。彼女の過去の苦難とそれが御言葉で解かれたこと、その事への感謝。「だから、私は幸せです。」その言葉に聞いている私もとても感動して泣いていました。先生はもっとではないかと思います。
このような貴重な方を送ってくださった聖三位に感謝します。そして、愛の御心を成し遂げます!

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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