幸せになること


今日はスッキリした!

今日は嬉しかった!

今日は幸せな日だった!

今日1日を過ごしてみて、この3つの言葉のどれかが出てきましたか?

 

みなさんこんにちは☆

Yoです^^

 

今日は幸せな日だった。

幸せって、どこから来るんでしょうか?

そもそも、幸せは、来るものなのでしょうか?

 

答えは人それぞれだと思います。

しかし、幸せだと感じることに一貫して共通していることは、

「自分の心が幸せだと感じている」ということです。

 

よく、「愛」についての話があります。

愛には2種類の愛があると言われます。

受ける愛と、与える愛。

このどちらが、より幸せな心を感じることができるでしょうか。

 

例えば、

プレゼントをもらって、愛を感じる。

プレゼントを渡して、愛を感じる。

似ているようで、異なる愛です。

前者の愛は、もらったその瞬間、愛を感じます。

後者の愛は、渡す前から、渡した後まで、相手のためを思ってプレゼントを用意します。

渡した後も、喜んで使ってもらう姿と笑顔を見ながら、愛を感じることができます。

そしてまた、続けて愛を与えようとする心が湧いてきます。

自然と、心に愛が湧き上がる連鎖が起きるようになります。

だから、今日も幸せだった。

って言えるんじゃないでしょうか。

 

私は生まれてからずっと、自分に愛を受けたいとばかり考えていました。

でも、自分が願う愛は受けることができなくて、心が満たされていませんでした。

小学生のトキには低学年の頃には心にぽっかりと穴が空いていました。

それから20年近くが経っていますが、

ある時、「受ける愛よりも与える愛をしていこうね。」

と御言葉を学んでいる先輩から言われたことがありました。

そして、「ハッ」としました。

 

頭では、与える愛って聞いたことあったけど、心と体がわかっていませんでした。

先輩の一言から、「与える愛」をしようって思えるようになりました。

それから、自分はいつも、与える愛を意識して過ごしています。

そうしたら、心が変わりました。

心が変わると、感覚が変わりました。

感覚が変わると、与えることが幸せに感じました。

 

ヒトは、与えることで受け入れられるトキ、幸せを感じるんだなって思いました。

今日も、与える愛をしてきました。

やっぱり心が幸せになりました^^

 

鄭明析牧師は、「愛も学ばなければわからない。」

とおっしゃいました。

鄭明析牧師は聖書をた〜くさんた〜くさん読まれています。

その聖書には、愛についての話がたくさん出てきます。

それで、愛というから、肉体的な愛の話しをしているのかというと、そうではありません。

心の愛、精神的な愛についての話がとても多いのです。

例えば、

 

お父さん、お母さんを敬うこと。

人を憎んではいけないよって言っていること。

幸せはどこにあるのかというと、自分たちの心の中にあるということ。

愛は、願うことを行なってあげることが愛なんだよっていうこと。

全部、心、精神的な愛でした。

 

だからと言って、無理やり何か与えるっていうことは違います^^

相手のためを思って、用意し、渡し、受け入れられるトキ、とっても素敵な愛を感じます。

 

また明日も、与える愛をしようって思える。

ちょっとしたことでいいんだなって。

幸せはどこから来るのかっていうと、

幸せは、自分から来るんだな。

って思う夏の夜。

ABOUTこの記事をかいた人

長崎県長崎市出身。幼い頃から海と山に囲まれて育つ。仕事で長崎と東京を往復する日々が続き、2016年10月から東京メインに仕事をしている。ハマっているものは梅干しと味噌とヨーグルト。健康&美味しいもの探しが大好き☆