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「過去の経緯」と祈り、そして自分を打ち明けること。

「過去の経緯」と祈り、そして自分を打ち明けること。

こんばんは、satoです。

祈りで、自分のことを打ち明ける。
これは簡単に見えて実はとても難しいです。
それは自分が何に困っているのか把握しないとできないからです。

昨日、久々にゼミがあったのですが、そのゼミで指導教官の様々な発言を通して
「神様が私を研究者にならせようとしている」
ということを感じるようになりました。
そのことに気づいたとき、私は恐ろしく気が抜けました…。

実はその前からずっとすべきことに取り組めなかったり、やる気が出なかったことが続いてました。あと、いやにスマホをいじったり。
それで、スマホをいじったり、生活がだらけていることについて悔い改めの祈りをしていました。そして、どうしたらいいのか素直に聞いていた、つもりでした。

教員採用試験を受けた際に「自分は研究者になるのか」が曖昧になってストレスになったことと、そこからスマホをいじる癖が強くなったこと自体は知ってました。
ところが、そこから祈って研究者を目指すと再認識したあともその不安は消えませんでした。

「何とも言えない不安」とストレス。
その原因が「本当に私が研究者になることを神様が許諾してるのか?」ということだと、昨日やっと分かりました。
何故かというと、今日は土曜ですが論文を書くときしっかり集中してできましたから…。よほど不安だったのでしょう。
それに、ネットを見る回数も減りました。
分かりやすいですね。

まとめると「将来に対する不安」から来るストレスですべきことができない、ネットに依存するということが出ていたけど、大本に気づかず「ネットいじり」や「すべきことができない」ことに対してしか祈ってなかった、ということでした。

このことからも、率直に告げるには「自分のことをちゃんと把握する」必要があります。
私の場合は「何かしらのストレスがかかるとネットをいじりやすい」という傾向があるので、ネットをいじり出したら「なにかストレスがかかっている」と考え、それがなにかを把握すべきでした。
このように自分の傾向を把握することで、自分の問題を正しく主と共に解いていきたいです。

…しかし、今週「祈りは仕事だ」と御言葉を下さいましたが、本当に祈ることで個々の問題が解決できました。
そして、よくよく考えると「将来の不安」も把握してました。それが「ストレスの原因」だとまでは気づかなかったですが…。

そういえば、教採を通して「将来の不安」についても改めて祈りました。私がどう生きるべきか見いだしたいと思って。
だからこそ、神様があのように働きかけてくださったことを私が気づけたのでした。
…やはり、祈りは仕事ですね。

修士課程でも、極的な局面で諦めかけたときにやっとの想いで踏みとどまったのですが、その時に指導教官を通して「神様が導いてくださっている」ということを感じたことを思い出しました。

「過ぎた日の経緯を忘れるな」

経緯が力になります。
過去働きかけてくれた神様との経緯を忘れていたことを悔い改め、今度はこの経緯を忘れず最後までこの道を歩んでいきたいです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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