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摂理と裁判。~2/1明け方の箴言から~

摂理と裁判。~2/1明け方の箴言から~

18. 人間の水準での判断は完全ではない。世の中の裁判官が判断しても、人間の水準で判断したら、どちらか片方が無念な思いをするように決まることが多い。どちらか片方が無念な思いをするように決まったら、神様は再び判断してお裁きになる。地上で判断しても、神様は再び公義を持って判断なさる。
日本の裁判は本来「疑わしきは罰せず」の精神で進んでいる。
しかし、現実には無念な裁判がされている。
特に最近は「痴漢」の濡れ衣を着せられて、逮捕されてしまう人が増えている、らしい。これによって冤罪で刑を受け、何年も拘束される人、または無実だとわかってもそれまでに社会でレッテルが貼られ人生を台無しにされた人も多い。
聖書でもヨセフが異性の罪の濡れ衣を着せられて獄に入れられた。
新約ではイエス様がさまざまな罪の濡れ衣を着せられて、十字架にかけられた。
そして、今も時代の使命者は(表向きは)異性の罪の濡れ衣を着せられて獄に入れられている。
時代は繰り返される。
しかし、それをただ黙って見ている神様ではない。神様は全てをご覧になり、公平に、公義に裁かれる。
聖書でもヨセフは獄から解放されエジプトの総理大臣になった。
イエス様は霊で蘇り、キリストとして2000年間新約時代を治めた。
そして、時代の使命者も…。
全てのあらぬ罪で苦しんでいる人々よ。
その苦しみを神様に告げよ。
神様は人間とは違い、全てを偏りなく見られる。
神様はあなたの無念な思いを聞き、必ず報いてくださるであろう。
そう、時代の使命者のように。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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