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12/24明け方の箴言より連想

12/24明け方の箴言より連想


よく「私は目に見えるものしか信じない!」とか「私は神様を見ないと信じない!」という人がいる。あるいは、目に見えることしか信じられない、という人もいる。ちなみに後者はかつての私…。
しかし、よく考えてほしい。「目に見える」と言ってもそれは「物質に当たった光を脳が認識している」ことに過ぎない。だから、マンガとかに「光を操作する」という能力者がいるが、そうやって「光の情報」を変えられただけで、目に見える情報は変わってしまう。これは、耳で聞くことも、手で触ることも、肌で感じることも変わらない。プロセスは違うが原理は同じ「脳が認識している」ということだ。
つまり「目に見えること」が真実とは限らない、ということだ。
裏を返せば、「目で見ることが重要ではない」とも言える。
聖書でも、キリストとして神様の御言葉をのべ伝えたイエス様を、当時のイスラエルの人々はみんなその目で見ている。しかし、ユダヤ教の指導者たちは信じなかった。イエス様の教えと律法はあまりに違っていたからだ。
どんなに目で見えても、あるいは目に見えなくても、大切なのは「私たちが神様を信じ、その御言葉に聞き従うこと」なのではないだろうか。
神様にとっても、聖霊様にとっても、御子にとっても、大切なのは「人間が御言葉を行って変化すること」だから、人間には姿を見せない。それがふさわしくないからだ。
だから、まずは目の前に見えずともそこにいらっしゃる神様を信じることから始めてみよう。そうすれば、神様がいらっしゃることは自ずと確かめられる。「確認しなさい」と神様がおっしゃったから。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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