satoの数学小説シリーズ「真理の森の数学セミナー」絶賛更新中!

祈りって、どうするの?

祈りって、どうするの?

こんばんは。Satoです。今日は昨日の記事の続きです。
前回のブログで、「祈りをすると、神様がふさわしいと思ったら実際に成される」という話をしました。
しかし…私たち日本人って聖書の「神様」にあまり馴染みがないですよね。神社にも神社で祭られている神がいて、そこでよく「お参り」することはあると思いますが。
「神様」というのは、神道でいう八百万の神とは違います。八百万の神とは「すべての物には神が宿る」という考えから来ているもので、物を大切にしないとバチ当たるよ!とかはこういうところから来ていると思います。
これに対して聖書では「神様」というものを天地万物全てを創造なさった方、人間を愛し、愛で創造したと書いています。
ローマ人への手紙1章20節に「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地万物このかた、被造物において知られていて、明らかに認められているからである。」とあります。
万物を見るとなんか壮大だ、神秘的だ…と感じるのは「神様の精神、心」を感じているからなのです。日本ではこれが「万物にはそれぞれ神がいる」として八百万の神になった、という感じでしょうか?
それで、そんな「神様」とどう対話するのか、というと…。
牧師先生は「最初は神様とどのように対話し、話すのかわからないから、まるで人間に話すように、自分の事情と経緯を詳しく話して告げればいい」とおっしゃいました。
私の体験だと、初めはどんなことでもいいんだと思います。
「神様、お腹すいた…」とかそんな些細なことでも。
なぜなら、神様は宇宙を創造してから実に137億年の間、「あなたが」話してくれることをずっと待っていたのですから。とある人の話によると「今まで無視されていた人から突然話しかけられるから、神様はビックリして御座から転げるように降りてきて、その人の話を聞くんだ」とのことです。
最初は御言葉でわからなかったり、素直に従えないときには「どうしてそんなこと言うんですか!!?」みたいなことを言っていました。(あの節はホントに申し訳ないです、もう少し話し方というものがありましたよね…と、今なら思います。)
…まぁ、神様だって心はあるので、人格的に接するのがいいと思います。まずは「全てを創った神様がいる」ということをわかって、それを意識して話してみるってことが大事、ということです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

聖書&御言葉カテゴリの最新記事