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私が「研究者」になるまで。

私が「研究者」になるまで。

こんばんは、satoです。

昨日話した「私の決心したこと」、それは私が研究者を目指すことです。…何を今さら、と思われるかもしれませんが、まぁお聞きください。

私は数学研究をすることをずっと目指していました。小学校時代からずっと、将来は数学者になりたい、と話していたのです。
それはある意味で、今と変わりません。

しかし、様々な経験を経て、いつしか私の人生における主たる目的が「人から何か言われることをやり過ごすこと」に変わっていました。人に何かを言われることを通して「自分がダメ人間である」ということを認識させられるのがとても苦痛だったからです。
そのため、大学でのゼミも「教授から怒られない」ならそれで良いという風に取り組んでいました。それで、教授に合わせて研究の様々なことをしていました。
もちろん、テーマなどが浮かばないときは教授に相談をする、など本来受けるべき指導は受けましたが、いつしかそれに依存するようになっていました。

また、数学研究で壁にぶつかる度に「自分は研究者向きではないのかな」と考え、別の道を考えたこともありました。例えば、教師とか、企業で働きつつ研究とか、数学とは関係ないことをしながら合間に研究とか…。今にして思えば、これは「逃げ」のスタンスでした。

自分の根本にある問題は「自分がダメ人間である」というような否定的な認識でした。
それによって、教授の否定的発言(これは難しくてできないとか、研究者に向いてないとか)を真に受けて、自分も諦めることが多かったです。

しかし、私が摂理に来てこの否定的な認識を治すにつれて、研究者として生きていくことを改めてやりたいという「意志」を持つようになりました。
単に私がやりたいから、だけでなくそれを通して「私にしかできない神様の証」をしたいというビジョンが見いだせたからでもあります。

今までだったら教授や他の人が向いてない、と話したら止めたくなっていたと思います。でも、今は誰に何と言われても「研究者になる」ということは離しません。
人の言葉はあくまで「推測」であって、神様の言葉のような「実際」ではありません。だから、人が何を言っても神様が願うなら、最後までやろう!と考えたのです。

そして、これが最もハードルの高かったことなのですが…この目的を成すために自分の意志、やりたい!ということを教授に発言しました。そうしたら、状況が良くなりました。重要なポイントである「論文を書くこと」を任せてもらえたのです。
教授から教えていただいた事情を説明すると、数学は他の分野と違って「主要著者(ファーストオーサー)」という概念がないそうです。確かに論文を書くことは他の人に任せる、という人もいるようです。(もちろん、結果は出してて、それをまとめるのを他の人に任せるということです)
だから、教授としては(私があまりに論文を書くのに時間がかかるから…(-_-;))自分が書いてしまおうと思ったわけです。
(教授の功績にしたい、という考えでなく上の文化から「早く論文を出して私の功績を増やそう」という考えからです)

しかし、それで果たして本当に胸を張って「研究者」になれるのか?
そう考えた私は「自分が書きたい!」と話したわけです。もう少し論争になるかと思いましたが、実際はあっさりと任せてくださいました(((^^;)感謝して、早く論文にまとめます!

そして、昨日「証明できたと思ったら間違ってた(-_-;)」定理も、今日さらに細かく見たら、完全に証明できました!(ノ≧▽≦)ノ教授とも議論したら、ちゃんと示せた上に、教授の方にもインスピレーションが来たようです。神様の霊感が、私だけでなく助けてくださる教授にも助けとなれたことも感謝です( T∀T)

最後まで頑張ります!

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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