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リスクを負わずして、得るものなし。

おはようございます、satoです。

ここ最近、バイトが佳境を迎えています。一学期のテストが近いこの時期、生徒もたくさん、時間もたくさんです。

しかし、その中で神様が何を願われているのかだんだんと理解し始めました。それくらい多くの悟りを得つつあります。

今まで抜けきれなかった「学生」の認識。

なにも負うことなく、自由に動けていた、ように見えた世界。

そこから脱却すること。

「リスクを負い、責任を負って、より大きな自由を得る」、社会人の認識。

摂理人でありながら恥ずかしい…のですが、私はずっとリスクを最小限にしようと考えていました。しかし、それでは駄目だと分かりました。。

私が最近ぶつかっている壁として、宿題をさせるとか、授業に集中させるとか、自分自身がそう促そうとするのですが、あまりうまくいかないことが多いです。
おそらく、中学校時代にした委員長の経験が尾を引いているのだと思います。
中学の時、クラスメイトをまとめようとしたのですが全然聞いてもらえず嫌な思いをしたのです。それ以来、トップに立ったときには必ずと言っていいほど周りの目を気にして、周りが不満のないように合わせて話していました。その癖が抜けませんでした。

ただ、いろいろな話をしているうちに、もっと根本的な問題があることに気づきました。
それは、このバイトをしているときに「主人意識」がないということでした。
もっというと「授業をすればいい」という考えがいつの間についていた、ということでした。「雇われ」ていたのですよね。

もっと主人意識があれば、多くのことができていたと思います。
教室の掃除、整理、もちろん自分もやろうとしていたところはありましたが自分のことで手一杯でした…。
これは私だけではないのですが…。

ただ、ポンソク牧師がよく仰る御言葉の一つに、「職場に早く行って、掃除をする、そういうように主人意識を持っている人が主の精神を証するんだ」とあります。
確かに、鄭明析先生も現場で誰よりも率先して仕え、掃除から何からなさります。
そういう意味で、「摂理人として」そういう精神に触れていた私は気づけたはずでした…。

そういう意味では、本当に恥ずかしいことですが…。
ただ、これからはもっとバイトに対しても「主人意識」を持ってしてみようと思いました。そういう「実践」から、言葉の力が出てくる、と教えてもらいましたので。

私のバイトの時間帯を考えると報告をするまでで相当夜遅くなってしまいます。
明け方の祈りの時間を考えると、正直早く帰りたい気持ちもありました。それで、遅くなることに対して結構不満がありました。
が、これもいい考えではありませんでしたね…。

如何に基本を守りつつ、多くのことをするのか。
どれから多くのことを実践しながら明け方を守り、御言葉に触れていくのか。それが社会人としての摂理の走る醍醐味なのかな…と少しずつ感じました。

そういうわけで、今日はあえて深夜に更新しました。
このブログを通しても成したいことが、ありますから。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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