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「主日が来る」ことが嬉しい、と感じた話。

「主日が来る」ことが嬉しい、と感じた話。

おはようございます、satoです。

明日は主日礼拝です。
今週は、未だかつてないくらい「大変だった」一週間でした。
夜遅くに帰り、次の日は朝早くからバイト…という日も続き、それでいて礼拝も守り、面接もあり、ここ最近では一番忙しかった一週間でした。
こんな状況でしたが、一週間を見ると明け方を守れなかったのは木曜の一日のみなのは本当に奇跡的です。神様の助けがないとできませんわ…。

その怒涛の一週間の象徴が今日でした。
今日は朝から晩までバイトでした。普通は夜のみか午前中のみかなのですが、今回は色々な事情が重なって朝から晩まで私が塾にいないといけなくなりました。しかも、電話応対や様々なことも一人でこなす、というかなり忙しい状態。
初めてのことで、しかも電話は超苦手分野の一つなのでとても緊張しました。

がっつり生徒に話したり、色々なことを教えたり。さらに別の作業もしなければならない。普通でない忙しさでした。
しかし、電話もそれほどなく、あっても幸い特別な問題が起こらず、授業も思ったよりはうまくできた…気もしました。
本当に神様が助けて下さらないと何もできませんでした…本当に本当に感謝します。

先ほど一通り終わって帰ってきたのですが、明日が主日だと考えると「主日だ~!」ってスッキリした感じが来ました。
比喩として適切かわかりませんが、仕事終わりにビールが待っていると分かって甲斐を感じるサラリーマンとか、風呂上がりに牛乳を飲んだ後のスッキリ感とか、それに近い感じです。
正直今までこんなことを考えたことありませんでした。今までは教会の行事に出て「あ、主日だ」と習慣的になっていたところがあったのですが、ここまで「主日が来るのが嬉しい」と感じたのは初めてのことでした。

また、今教会で賛美を捧げていたのですが、なんかですね…。
本当に賛美を捧げるのが嬉しいんですよね。なんか、涙が出るんですよ。
讃美を捧げるのは本当に楽しいのですが、感極まって泣くのは初めてです。

もしかしたら、これも「社会人」になった感覚なのでしょうか。
…私の状況は普通の社会人とはちょっと異なる時間帯で動いているのですが。

この喜びを胸に、明日の主日を喜びで迎えたいです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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