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愚痴らずに祈って起きた極的な御働き2/3

おはようございます、satoです。

愚痴らずに祈って起きた極的な御働き1/3の続きです。

なかなか私の話を聞かない子供たちにどのように働きかけるのか、続きを御覧ください…。

お昼休み

次の授業の準備をしながら、ご飯を食べている時に私の名前を呼ぶ声が。
そこに行ってみると、私が授業を担当している子供たちを見ている先生方が話していました。
お呼びですか?と尋ねるとどうも呼んでいなかった反応…(´・ω:;.:…

ちょっと余談ですが、私はこういう「呼ばれていないのに反応する」ということがとても多いです。
自分の名前が呼ばれた、ように聞こえたら過剰に反応します。
これは、中学時代に私が名前を呼ばれていたのに聞き取れなくて反応できなかったのを「無視した」と勘違いされ、それ以来いじめられたことが原因です。
それ以来「人に呼ばれたら反応しなければならない」とかなり敏感になっています。若干トラウマになっていますね…(´・ω:;.:…
そのために、今では逆に呼ばれていないのに「お呼びですか?」と聞いて「呼んでないよー」という感じになることが増えました…。

話を戻して、先生方が話していたところに私が来たのですが、「前の授業はいかがでした?」という話に。
それで、ひとまず授業中にトップの方が来られてある程度静かになりました、という感じで経過を報告しました。
すると、その話を聞いていた一人の先生、この方は次の授業に行く子供たちの担任なのですが

「現在の状況について日々子供たちに言い聞かせていますので…それでも騒ぐなら許せません!

と驚くくらい熱く話していました。そんな先生とは思っていなかったのですが^^;
「あぁ、これが神様が任せなさいと話したことなのか…」と妙に腑に落ちました。

こうして、先輩方の心に強い感動を与えてくださったことを知り、とても心強い…と思ったのですが。
実は私、この時かなりプレッシャーを感じてしまいました^^;

そもそも、私の教え方はまだ未熟で、色々失敗してしまうことも恐れました。
また、「自分のことを思ってくれている」という考えもありましたが、この感情が「自意識過剰」なのか、それともそうなのか…という私の葬るべき考えも出てきていたことがありました。

そして、次の授業へ

そんなこんなで緊張しつつ、授業をしました。先程熱くおっしゃってくださった先生も見てくださりながら授業は比較的静かに進めることができました。
この授業では比較的「分からないところをうまくピックアップして引き出す」という私が一番したかったことができてとても良かったのですが、先ほどのプレッシャーもあり、色々細かいところを突っ込んでしまいました。

そんな様子を見ていたその先生と授業後に色々対話したのですが、そこで2つ大事なことに気づきました。

一つは「子供たちは成長の過程にある」ということ。
つまり、今の子供たちは色々騒がしかったり、集中できていないところがあるのですが、昔はもっと色々問題があって、変化している途中にあるのだ、ということです。

そして、もう一つは「自分が細かいところを突っ込みすぎている」ということ。
プレッシャーもありますが、私は結構敏感な部分があり、雑音や細かい動作に対しても反応してしまいます。そして、それを見て子供たちがからかったりしている部分があるな、と気付かされました。

こうして知恵を受けた私は、最後に一つあることをやってみたのでした。

というわけで、次回に続きます。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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