寒い冬、外で祈って分かったこと。


おはようございます、satoです。

明け方後にお祈りスポットに行って賛美と祈りを捧げる条件を続けています。
体調を崩して行けなかったときはありますが、そういうときも心を込めて家でお祈りをしました。
これを続けながら、冬に野外でお祈りして感じたことについて書きたいと思います。

寒い。

まず、当たり前のことですが寒いです。
特に明け方後は一番冷える時間帯なので、一段と寒いです。
寒さによっては上下ヒートテック極暖、スキーウェア、手袋帽子完備で行きますが、それでも30分位すると体が冷えてしまいます。

特に冷えやすいのは手足の末端部分です。手なんかはスキー手袋をしていても急激に冷えるためあまり防寒対策になっていません…(´・ω・`)
大体30分お祈りして賛美して帰るまでには足が冷え切って痛いです。それだから、帰りまでの道は走ります。早く帰りたいので(笑)
シャワーをあびるときは、必ずと言っていいほどに足湯します。最初はとても痛いですが次第に体全体が温まります。

お祈りに深く入れるかどうか

こういう状況なので、よほど集中しないとお祈りすることが難しいです。
まず、じっとしていられないです。(元々の傾向もあるかもしれませんが)寒すぎて。
座っていられないので、立って祈りますが、私は立って祈ることがあまり得意でないので動き回ります。

しかし、時には本当に集中して深く祈れる時があります。
こういうときは神様を本当に愛して、愛の気持ちで捧げていることが多く、寒さも立って祈ることも気になりません。
…と言っても10分位ですが。

体が動かない。

お祈りから終わったあと、手を動かそうとすると思うように動きません。
パソコンで作業をしようとしても、まともにキーを打てませんし、パンを食べようとしても上手に開けられません。
私は身体感覚に鈍感なところがあり気づかなかったのですが、筋肉が縮こまっているのでした。
だから、体を温めないと体力が消耗され、疲れが溜まってしまう、ということに気づいたのはつい最近のことでした…(´・ω・`)

どうしてこういう話をしたかというと…。

鄭明析先生の修練生活の中で雪山で3日間ずっとお祈りしていたという話を聞いたからです。
しかも、当時の韓国は貧しく、ヒートテック極暖やスキーウェアはおろか、帽子すらない状況です。鄭明析先生も半袖のシャツ一枚でお祈りしたそうです。
普通に考えたら凍死しかねない危険な状態なのですが、

頭に雪が山のように降り積もっても気づかない

ほどにお祈りに没頭されたとのこと。
その間何をお祈りしていたかというと聖書の内容を深く悟り、真理を悟るためだったのです。

私もお祈りをしながら分かってきたのですが、当時の鄭明析先生にとって、聖書を知ることがどれほど切実だったら、そこまで祈れるでしょうか?
普通の考え、「悟れたらいいなぁ」くらいだったら到底できません。というかそもそもやろうとすらしなかったと思います。
その祈りの上に受け取られたのが、摂理で私たちに伝えられている御言葉なのです。

私もこのお祈りを通して成したいことがあります。
そのためにお祈りを続けています。体は大変ですが、続けて祈っていることが成されるまで祈りたいと思います(`・ω・´)

ABOUTこの記事をかいた人

霊肉ともに生粋の道産子・摂理男子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生、かつ教育系の仕事を色々しています。 軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向。見て聞いて感じたことから深く考え、悟りを得ることが一番好き。祈りと賛美大好き(*´∀`*)グルメ巡りと御言葉を基にした小説作品は私の密かな夢。