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深く考え、構想を受けるために必要なもの

深く考え、構想を受けるために必要なもの

おはようございます、satoです。

年末になって、唐突に「深く考え、構想を受けるためには御言葉が必要だな」と悟りました。
それは、次のような経緯です。

教会のクリスマス会に向けて物語を書いていました。最初書くときに構想が来て、しばらく書いていたのですが、オチの部分がなかなか浮かびませんでした。それで、教会の人たちに相談したところ、とても良い構想を話してくれました。
それで、その構想に従って書きながら参考に御言葉を読んだところ、「強烈なインスピレーション」が来たのでした!
この時、「あ、御言葉があってこそ深く考えることができるし、構想が浮かぶのだな」と悟りました。

それ以来、と言っても昨日今日くらいから強烈に御言葉を読みたくなりました。それで、今までなら正直億劫になっていたところもあった御言葉を読むことを今日だけで三回もやりました(`・ω・´)改めて読んでみると、やはり深い…。

私は元々「深い悟りや霊感」を受け、新しい考えを得ることが好きで、それが生き甲斐でした。
だから、今まで漫画やアニメを見ていたところが強かったです。漫画の世界は現実とは違うから。
昔はそこからインスピレーションを受けて、世界の法則を考えていました。それが御言葉を聞くきっかけでもありました。
でも、今やその次元ではなく、もっと高い「神様の考え」を受けて初めて構想が来るのだな、と分かりました。

新しい発想、インスピレーションはどこから来るでしょうか?
新しい発想ということは「自分の考えにはない」ものになるのですから、「自分より深いことを考えている」ところから来る、と私は考えます。
なぜなら、自分より浅い考えなら、自分にでも思いつくので「新しい発想」にはならないからです。
そして、人は「次元を上げること、成長すること」を根本の喜びとします。私もそれは例外ではなく、考えが変化することを一番の喜びとします。
だからこそ、色々なものを求めてメディアに向かうこともありますが、今の私にとっては「御言葉」こそがインスピレーションの基となっているのだ、ということを今回の一件で深く悟りました。

正直言いますと、今でも御言葉を聞くと苦しくなる時があります。

しかし、光にさらされる時、すべてのものは、明らかになる。明らかにされたものは皆、光となるのである。だから、こう書いてある、

「眠っている者よ、起きなさい。
死人のなかから、立ち上がりなさい。
そうすれば、キリストがあなたを照すであろう」。-エペソ人への手紙5章13-14節

それは、この聖句にもあるように、御言葉を通して「自分の全てが明らかになる」からです。特に自分が見たくないこと、指摘されたくないことがあっても、御言葉を通してある意味容赦なく指摘されるので、とても苦しく、目を背けたくなります。つまり、「見ない」ようにしそうになります。

が、そんな自分と向き合い、真剣に戦うことで新しい変化を生み出すのです。かつて、私が自分の過去と向き合い、理解していった時に大きく変化したように、今もそうです。
それもまた、新しい構想、新しい変化なのです。

おかげさまで、今日は部屋の掃除にバイト、これとは別の記事の準備とかも出来てとても充実した一日でした。本当に感謝します。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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