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自己否定からの脱却~ダメな子だと決めつけない~

自己否定からの脱却~ダメな子だと決めつけない~

おはようございます、satoです。
昨日も書いたように、前日『数学小説 確固たる曖昧さ』を読んだ上で、現実に生きる私達にとっての御言葉の価値を大きく悟った私はいつもより主日礼拝の御言葉を集中して聞きました。
その中で衝撃を受けた言葉がありました。それは

自分を見て、決めつけてはいけない。罪が多いからできない、と考えてはいけない。まずは悔い改め、清くして、行おう。

ということでした。これを聞いた時、私は衝撃を受けました。私はずっと自分が汚れているから、特に霊的なことには関わらないようにしよう…という心の動きがあったからです。
子供の頃から、自分の中にある苛立ち、悪意、攻撃的な感情、暴力性…を認識していた私は、そんな自分を悪い子だと思って生きていました。
周りからそのような存在だと認識されることはほぼありませんでしたが、それでもなぜか自分は悪であるような感覚が抜けなかったのです。

また、自分がなにか行うと問題が起こるという変な主観もありました。以前から問題視していたのですが、なにか問題があるとすぐに自分のせいにして責めてしまう(そして、周りがそれはないです、とツッコむ)ということが最近気になっていました。

で、この性格について似たような現象を見かけたことがありました。それで、私は心のなかでこのことを『ライスシャワー現象』と名付けていました。


唐突なのですが、『ウマ娘』なるゲームをご存知でしょうか?私は好きな小説の作家が3年間リリースを待っていてようやく発表された、というのをTwitterで見かけたくらいの興味だったのですが…。
(Twitterではポケモンのダイパリメイクと並ぶ念願だったそうな。ちなみに、このダイパリメイクも今年の11月にリリースされるとのこと)

元々アニメがあって、今年の1月?に第二期が話題になった、ということで、だいぶ前に見てみました。

うん、すごかったですね、クオリティ。

出てくるキャラクターは(ほぼ)すべて現実の競走馬をモデルにしており、性格や行動などのキャラ付けも現実の経緯に合わせて作られていました。全員(美)少女ですが、それが競走馬と同じくレースします。そして、終わったら応援してくれた人の感謝を込めてライブします。
その上、特に第二期のレースは現実の結果と一致しており、現実では絡んでいないレースの結果が主人公に影響を及ぼすという面白いドラマ性を出していました。キャラこそ美少女ですが、割と熱いアニメです。
特に(おそらく皆好きでしょうが)8話、10話、最終話がおすすめです。

で、『ウマ娘』に出てくるキャラの中にライスシャワーなる存在がいます。
現実世界の競走馬は、ミホノブルボンの三冠、メジロマックイーンの天皇賞春の3連覇を阻止したことで有名な漆黒のステイヤー(長距離に強い競走馬)です。特に、この年の天皇賞春は1着のライスシャワーから4着のマチカネタンホイザまでが当時のレコードを更新するという驚異的なレースで、アニメ(8話)でも結構しっかり再現しています。
が、レース中に複雑骨折をして、安楽死処置を取ることになった、という悲劇的な最期を遂げます…。
しかも、上2つの大記録を阻止したことで、当時の大衆からは「ヒール」扱いされた、という(少なくとも大部分の人たちは喜びより驚き、あるいは記録を阻止されたことによる不満を持っていた)不遇な存在です。

(9/26追記:天皇賞秋でなく、春でした。訂正の上お詫びします)

この現実の経緯を反映してか、自分の存在に自信が持てず、自分がダメな子だと強く思っているのと、自分が何かすると悪いことが起こるという思い込みが強い(実際にはそれくらい間が悪い)少女という設定になっています。
実際には結構な良い子でして、周りの色々なことに感謝できる存在なのと、色々あってトレーナーを「お兄さま/お姉さま」と慕う姿から、(某漫画のお兄ちゃんが出てくるくらい)ファンが多いです…よねぇ。

余談ですが、このライスシャワーの声優、別のソシャゲの妹さん(こっちもこっちで割と自分に示唆を与えてくれた存在でお気に入り)の声もやっているため、私個人としてはより妹要素が強いです。
(ソシャゲやっている人って複数やらないのか、この2キャラが連想されるって話出ないんですよね…私1回しか見たことないですよ)


このライスシャワーの性格、というか「自己否定」と「自分が関わると失敗するという強い主観」が結構私も持っているのです。
こういう性格って、客観的に見るとツッコめるんですよ。私もストーリー見てた時には「いや、それは考えすぎや」ということができました。
そういうわけで、特に「私の周りで(明らかに自分が原因でないのに)悪いことが起きた」時に「私のせいだ」と思ったらそれ、ライスシャワー現象(≒考えすぎ)やとツッコむことにしてます。
こういう自分が変化して、悪いことが起きても心配しすぎず笑えるようになりたいところ。

で、もう1つの自己否定。
私の場合は幼少期の寂しさ・疎外感からくる暴力性・攻撃性・怒りを押し込めるあたり、自分が悪い存在である、と考えています。だから、まずは御言葉通り「暴力的な感情の根本にある、寂しさ」を認めて、素直に悔い改めようと思います。
そして、自分がやたらうまくできないことについても、自分が駄目だから、と考えるのでなく、改善していきながらうまくできるように頑張っていこうと思います。それでもダメなら、神様に叫ぶことにします。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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