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いつもふり注がれているのは

最近、屋外で実施されたあるイベントに参加したのですが

その時起きたある出来事を通して、一つのことを悟りました。

友達とそのイベント会場に行ったのですが

席にはわりかし余裕があるところで、日向になっているところと

日影になっている席がありました。

最初、日影に案内され座っていたら案外寒く

震えながら日向に行きたいなと思っていたら

奇跡的に日向の席が空き、座らせていただけることになりました。

暖かいを通り越して今度は暑かったのですが(笑)

心のつぶやきを聞いてくださった神様に感謝しながら

イベントを最後まで楽しみました。

終わってから帰路に着く途中、

そういえばいつも、出かける日は天気に恵まれるなぁと気付きました。

(Kokoroは出かける日ほとんど雨が降ることはなく

どちらかというと晴れ女?ですが

強風の日が多く、母からは「風女だね」と言われていました。笑)

温かい陽の光を浴びながら、

鄭明析牧師がいつも、神様の愛を太陽に喩えられることを思い出しました。

太陽が全ての人に、地球全体に光を注ぐように

神様も全ての人に、その熱い愛を注ぐんだと。

(神様)「愛の勝利をしないといけない、何よりも。私には愛の勝利者が必要なんだよ。」

そういう御言葉が私に聞こえてきて、感動を与えてくださったのです。

(神様)「愛の勝利をする人を探し求め、その人を通して私の御心を成すのだ。私は愛の塊だ。」

愛の勝利をするためには、どれだけ愛してあげるか、そのことを知らなければならない

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

太陽の恵みを受けるなんて当たり前、というふうに考えがちだけど

当たり前ではなくて、「与えられているもの」なんだな。

このように、当たり前のように考えてしまっていて

神様の自分に向かう愛を

わかって差し上げられていないことがないかな。

そのように顧みる機会になりました。

当たり前になってしまっている一つ一つのことを振り返って

神様にたくさん感謝を捧げたいなと思いました(^O^)

実践するぞう〜╰(*´︶`*)╯♡

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