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摂理人、風邪引きました…

摂理人、風邪引きました…

ちょっと早い年越しそば@蕎麦と豚丼 北堂

こんばんは、satoです。
年末年始、一年を締め括るために日々お疲れ様です。
そんな中…私風邪を引いてしまいました(;_;)
まず日曜の夜突然お腹が痛くなり、病院に行ったところノロではありませんでしたが、胃腸炎になってました(>_<)
今まで一度も起きてなかったのに、どうしてこのタイミング…と思ったのですが、実はこれによって悪いことから回避できたことがあったのです。なので、感謝してました。

ところが。
その後休んでると熱が出始めました。しかも、37度以上の…。
私は体温が低めで、37度以上の熱が出たときには高確率で「アレ」の可能性が…。
しかし、その日は37度くらいを保ちつつ一日を過ごし、本日朝には一旦下がりました。
これでなんとか…と思ったのですが。

一度祈ってから休んだら熱が一気に出ました。
38度近くまで…病院に行ったらやはりインフルエンザでした。
しかも、今回は胃腸炎まで伴ってるという…。こんなケースは初めてです(;_;)

そんなわけで療養中なのですが、どうしてこうなったのか…もしや、なにか神様の考えに背くことがあって…と色々考えていました。
で、神様に聞いたところ
どう考えても手洗いうがいを怠ってたから
という感動が来ました。そうですね…確かに平素手洗いうがい忘れてしまうのです。

私は「感覚」があることとないことで本当に落差が激しいです。ないことは分からず、全く気づきもしない。
手洗いうがいも、どうやっても「バイ菌が落ちてる」という感覚がなかったのです。目に見える汚れを取るならできたできないがはっきりするけど、目に見えないものだとそれがなくてやった感じがしない。
そんなことを考えると、こんな御言葉を思い出しました。

<神様がしろと言ったこと>を行なって、死も禍も避けるようになりました。

しかし自分が「神様がしろと言ったこと」を行なって、禍を免れたということを知りません。

だから自分は禍を受けていないから、「これといった特別なこともなかったのに、どうしてしろとおっしゃったのだろう?」と言うようになります。

しかし「神様がしろと言ったこと」を行なわなければ、それによって禍を受けてから「こうだからしろとおっしゃったのか。しなくて禍を受けたのだ」と言います。

行なって禍を避けたことを分からないから、行なって得るものは何かよく分からないことがよくあります。

(゚〇゚)
まさに、、、この話や(;_;)

手洗いうがいも平素からやってると風邪を引かなくなります。でも、風邪を引かないから「何もない。どうして手洗いを?」って考えるんですよね…。
でも、やらないで風邪を引くとその大切さがわかる。ということなのですね。

一番問題なのは「風邪を引いたけど気にしなくてスルー」ということ。手洗いをしなくて風邪引いたのに大したことない…って考えたり、他のことが原因で…なんてことを考えて、手洗いのことに気づかない。それが一番の問題です。

熱も治まり、頭が痛いですがなんとか動けるようになりました。
しかし、インフルエンザは5日間外出禁止。
このときに、手洗いうがいのように「やってたことで禍を免れてるのに気づいてないこと」、そして「問題を起こす原因」となってることがないのか、点検していきたいです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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