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自分の進路を決めるまで。番外編~あの頃の私を振り返る~

自分の進路を決めるまで。番外編~あの頃の私を振り返る~

こんばんは、satoです。

「自分の進路を決めるまで。」シリーズを書きながら、大学院生時代の葛藤を振り返りました。
番外編として、今の私が大学院生時代の私についてツッコむ話を書きたいと思います。

そもそも、私は人とのつながりによって生きていました。ある程度人と話していないと不安になりました。
しかし、数学をするときにはいつも一人でした。分からないところを尋ねられる人が誰もいませんでした。
そんなことから、もっと人とつながれる「仕事」が向いている…と考えていたのです。

こんな風に書きましたが、このときの私は「他人に依存している状態」でした。
これはのちに私の心と向き合う時間を持ったとき、過去の悪口を受けて自己肯定感がとても低かった、ということが分かりました。
このあたりを神様に告げて、少しずつ愛を受けながら自分を肯定できるようになることで、少しは良くなりました。

最も、人とつながれる仕事が向いている…と考えたことはのちに「数学が好きだから研究する」というところを超えた目標を設定するうえで大きな土台となりました。
ただ研究していればいい、というならそこまで自分のすべきことについて考えはしなかったでしょうから…。

勉強しようとしても、集中できませんでした。
何か分からないことにぶつかるたびに、放り出してしまいました。
そして、時間が経って焦り、もう一度取り組もうとしてもうまくいかず…という日々が続きました。
そもそも、勉強の仕方が分からない、ということもありました…。

これが、のちに自分が「発達障害である」と気づくきっかけになりました。
「勉強しようとして、分からないことがあると投げ出す」、この経験を嫌というほど…それこそ小学生の時からずっと繰り返していたのです。
そして、ある人に心の問題を相談した際、このことを言い当てられたことによって「発達障害に関する本を読む」ことを薦められ、自分の特性に気づいたのでした。

また、「読まなきゃ」という焦りもありました。
これはそもそも目的が間違っていた…とも言えますが。

もし博士号を使わないような仕事に就くなら、この期間が無駄になるのではないか…。
そんな雑念に囚われ、もっと数学を勉強する意味が分からなくなりました。

そもそも博士号を取るために数学を勉強しているわけでもなく、論文を書いているわけでもありません。
博士課程は「自分が研究者としてすべきことを学ぶため」にあるのです。
一人で研究テーマを決め、必要なら共同研究をし、自分が得た結果を論文にして、学会で発表する。
これらの研究に必要なことを一つ一つ学ぶためにあるのです。ハッキリ言って、これができる人はすぐに博士号が取れますよね…(´・ω・`)

論文を読むのは、最先端の数学研究を理解し、自分のものにするため。
そして、研究の出発点を見つけるため。

論文を書くのは、自分の理解したことを整理し、人に伝えられるようにするため。

「目的」を間違えたら、時間が死ぬ。
という言葉がしみじみと感じられます。

総じて、このころの問題は「自分の特性を理解していなかったこと」、「自己肯定感が低かったこと」、「『目的』を間違えたこと」、そして最後に「受け身だったこと」によって起こっていました。

そう、私は学部生の時から変わらず「受け身」の生活をしていました。
「受け身」の生活…「授業に行けば分かるようになるだろう」、「教授の言った通りにすればいい」、そういう姿勢がなかなか抜けませんでした。
高校時代までは「言われたとおりにする」ことで大学に行くことができましたし、授業だけで大体のことが理解できてました。
それによって、「大学で作られたカリキュラム通りにすればいい」、「授業に出ればいい」と認識するようになりました。
もちろん、授業に出ればある程度理解の助けになりますし、カリキュラム通りにすれば卒業できます。
しかし、自分で考えることをしなかったために、「新たなことを得るために授業に出る」というところから「授業に出なければならないから授業に出る」というように「目的」が変わり、「受け身」になっていました。
それで、授業が苦痛になっていったのです。

そして、これが「ネット生活」から抜け出せない原因の一つでもありました。
「受け身」だったことで自分が現実世界に対する感覚が薄くなり、その分「空想世界」におぼれるようになりました。
(「視覚以外の外部からの刺激を感じにくい」という特性もこの部分にかかわっていそうですが…)
正直、あの頃はネット世界の方が現実よりも楽しかったのです。
現実に対して目を向け、少しずつ自分から心を開くことによって少しずつ現実の楽しさを感じられるようになり、そのことによって「空想世界」について考える時間が減ってきました。
(20時間空想だった頃からなので、今でも多いことは多いのですが…)

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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