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とにかく、前だけを見て。

とにかく、前だけを見て。

こんばんは、satoです。

今までできていたことが突然できなくなる時があります。
たとえば、明け方ずっと起きてお祈りできていたのに、突然起きられなくなる、とか。
ずっと御言葉が心に入っていたのに、急によく分からなくなる、とか。
やる気が出ていて、仕事が楽しかったのに、ある時ふと何もしたくなくなるとか。
こういう「スランプ」、一度は経験されたと思います。

突然のように見えても、そこには必ず原因があります。
生活の中でネットや仕事、勉強などどこか一つの時間が大きくウェイトを占めていてバランスが崩れている、とか。
ずっと心の中にあったモヤモヤ、トラウマによって現実に起こっていることが辛く感じられる、とか。
実は結構体が疲れている、とか。
必ず、何かしらの原因があります。

スランプに陥ったとき、無理やり前進しようとすると余計ドツボにハマります。
「今までできていたのに、どうして…」と考えると苦しくなります。前を向けず、だんだんと辛くなり、ますます動けなくなります。

こういう時は…「自分を振り返る」時でもあります。
つまり、それまでは気にしなくてもよかった「直さなければならない部分」と向き合い、点検し新たに作り変えるときなのです。

まずは、今の自分を点検する。

そして、その原因に至る過去の出来事、自分の間違った認識をただし、少しずつ直していく。

疲れているときは一休みする。逆に溜まっている仕事があったらそれを先にやってみる。

「過去」を見るのでなく、「過去の良くできた自分に戻ろう」とするのでなく、あくまで「前だけを見て」。
より良く直していくことで、前にできなかったことを超えていく。
あ、でも「過去だって乗り越えることができた」とか「前にはこういうところもできていた」と考えて今の自分の力にするのはありです。

月明洞の野心作も、5回崩れたあと最後に雄大で美しく神秘的な岩の造形が建てられました。
特に5回目は人の目には完全に見えたのですが、神様の目には「どこか不完全なところ」があったために崩れてしまいました。
このように、自分が何かをしているときそれまでうまく行っていたように見えたことでも、どこかに不完全なところがあるとそこから崩れてしまいます。
神様が自分のことを嫌ってしているように見えますが、実際には「神様がより良くするため」になさること、もしくは自分の間違いによるものです。

だから、スランプに陥ったときも焦ることなく、ただひたすら前を見て。
もっと良くなれることを信じて。
主の手を取って、その言葉に従いながら、進んでいきたいです(^^)/

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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