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摂理人の「脱 会衆」精神!

摂理人の「脱 会衆」精神!

こんばんは、satoです。
今日は「会衆」から抜け出すことについて書きます。
摂理ではよく「個人の英雄になりなさい」という御言葉が伝えられます。
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個人がよくできるように自分を作っておいたら、
手伝ってくれる人たちにお願いをしないからいいし、
自分がやるからお金もかからないし、楽だし、
経済の問題もよりよい方に解決する。

こんなかんじです。
日本人はよく群れます。ある韓国の牧師さんも「日本人はよく会議する。集まるのが好きだ」と話されていました。確かに、日本人は集まると団結する力がとても強いです。
しかしながら、一方でそれが「間違った方に」行けば…。

こちらは人気ドラマの「リーガルハイ2」から。6分辺りからが核心です。
この中で古美門弁護士は「本当の悪魔とは、巨大に膨れあがったときの民意だよ。」と話していました。
周りの会衆が「悪い」というから、あの人が悪い。あれが良い。そう何も考えずに判断して、自分も攻撃する。
ヨハネによる福音書19章12-16節
これを聞いて、ピラトはイエスを許そうと努めた。しかしユダヤ人たちが叫んで言った、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です」。ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外へ引き出して行き、敷石(ヘブル語ではガバタ)という場所で裁判の席についた。その日は過越の準備の日であって、時は昼の十二時ころであった。ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。ピラトは彼らに言った、「あなたがたの王を、わたしが十字架につけるのか」。祭司長たちは答えた、「わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。
彼らはイエスを引き取った。
しかし。
そうして、イエス様は殺されました。
会衆が(嫉妬と不信のためにイエス様を殺そうと思っていた)ユダヤ教の指導者によって扇動され、イエス様を殺せ、と言った。もし、これらの人たちが自ら「イエス様の御言葉とその行い」について考え、判断したなら少しは違った、のかもしれません。
なので、摂理人である私は、「周りの言っていること」に流されず、自ら考え行い、判断するということをしています。これを「脱会衆」思想と呼ぶことにします。
私は摂理に来ながら多くのことを学びましたが、一番磨かれたのは「自ら考える」ことです。
納得行かないまま行うのは力がないし、何よりも気分が悪かったので。
もっとも、このためにいつも摂理の御言葉に聞き従うのが遅く、いつも「どうしてですか!?」と神様に本音をぶつける、というある意味問題児だったのですが(笑)
いやー、素直に聞き従える人、すぐに理解できる人が羨ましいです(笑)
まぁ、でも…
こうやって一つ一つ苦労して理解したからこそ、確実に神様の手をとっている、ということがわかるし、摂理が本物である、ということが確信できるのですが。そういう意味では、この納得しないと動かない「脱会衆」的性格でよかった、と思います。
みなさんも、ゆっくりでいいので。
摂理に限らず、すべてのことを見たとおりに判断するのではなく、自分が納得できるまで考える時間を持つことをお薦めします。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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