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摂理と七つの大罪。その3~憤怒編~

摂理と七つの大罪。その3~憤怒編~

おはようございます、satoです。
七つの大罪編、その3です。今日は…
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憤怒です。
例によってハガレンのホムンクルスから考察を開始します。以下、ネタばれ注意…。
ハガレンのホムンクルス、「憤怒(ラース)」は大総統。
実は彼、元人間なんです。ゆえにホムンクルスが持つ再生能力がなく、一度死んだらそこで終わり。しかも、人間より速度は遅いですが老けています。だから、厳密には「不老不死」ではない。
能力は「最強の眼」。どんなに素早いものだとしても見抜く力を持つ。
彼はホムンクルスの中でも一番「人間臭い」。
役割の故に結婚もしていて妻もいますが、かなりの愛妻家。妻には尻を敷かれています(笑)
子供(同じホムンクルスの「プライド」)も可愛がっています。
大総統閣下モードの時にはかなりの好々爺です。
その一方で、彼にも彼なりの哲学があるようで、戦争の際に敵の指導者に「神がお前を裁く」と言った際には「神が殺すのではない。自分を殺せるのは人間だ」という感じのセリフを話していました。
戦闘の際にはとてつもなく冷徹に敵を倒します。
…ここまで書きましたが、私には彼と「憤怒」の関連性がつかめません(^_^;)
引き続き考察。
そんな彼が人間だった時、彼は大総統候補の一人でした。
それゆえ、帝王学、剣術、政治手腕など大総統になるために必要なことを学び、訓練していました。
そして、大総統になるために最後に与えられた試練。それが、賢者の石を注入され、人間を捨てることでした。
賢者の石、これは「人間の命」によって作られた錬金術を増幅させる媒介。
これには様々な人間の感情、怨嗟が詰まっています。それゆえ、これを注入されることは「自分の精神を多くの怨嗟の嵐に置く」ことと等しい。
それを乗り越え、彼は「ラース」となったのでした。…人間だった全てを捨てて。
彼とその他の人たちの違いは何だったのか?
ホムンクルスはその大本となる「お父様」と呼ばれるホムンクルス(賢者の石そのもの)の「人間的な感情」から生まれています。この「ラース」と呼ばれるホムンクルスの賢者の石は…「人間の怒り」が詰まっていたのではないか、と推測します。
ちなみに、この「怨嗟の嵐」の中でも自我を保てる人は作中で二人出てきました。
一人は「強欲」の賢者の石を注入されたリン・ヤオ。
もう一人は「プライド」によって喰われて死んだキンブリー。
この二人に共通するのは「意思の強さ」、それも単なる意思ではなく「自分の哲学(それも賢者の石の方向性に準ずる)を持ち、それに殉じた」人たちです。リンは最後に復活してますが。
で、彼もそれを乗り越えた、言い換えると「怨嗟の嵐に飲まれなかった」のではないかと推測します。そうだと仮定すると、彼にも意思があった。
ここまで書いてて思ったのですが…。
先ほどの「大総統候補の彼がラースになるまで」って、世の中にもそういう人はいる気がしませんか?
自分の夢を叶えるために全てを置いて、ひたすら訓練し、最後には人の怨嗟も乗り越えて…。そして、すべてを捨てた。夢も、希望も。
そうやって得たその座で…しかし、その人は何をするのだろうか?
自分がその座につく「目的」があったはず。でも、いつの間にか「その座につくこと」が目的になってしまった。そうして得たはいいけれど、何をすればいいのか…忘れてしまった。
まるで「夢を叶えるために東大に入ろうとしたが、何浪もしていつの間にか「東大に入る」ことが目的になってしまって、入った後にむなしさを感じる」人のように。
いや、ラースとなった彼はおそらく「元々大総統となることが目的」として育てられてきた。つまり、これは「親に東大に入るように言われ、その通りに勉強して東大に入ったはいいがその後何をすればいいのか分からない」学生ということ。
彼の憤怒とは…つまり「自分がしたいことがない」というむなしさの表れ、なのでしょうか?
ラースはその後、大総統という地位と、名誉と、権勢と、妻と子供を得ました。
これらのほとんどは自分で得たのではなく、「上」から与えられたもの。「お父様」の目的を成すための国を作るための、実質ハリボテの地位。
そんな彼が唯一自分で得たもの、それが「妻」でした。妻だけは「私が選んだ」とはっきり明言しています。
だから、なのでしょうか。彼は自分の妻に対して誇りと、愛着を持っているようでした。ちなみにこの奥さん、初対面の時に彼のデリカシーのなさに「ビンタ」をかましたそうです(笑)この大総統を恐れない心に、彼は惹かれたのでしょうか?
話が散漫としてしまいましたが…まとめると、怒りは「欲求が満たされない」ときに起こります。そして、それをいつまでも持っていると…自分を殺してしまうのです。
大総統の持つ憤怒は「すべてを奪われた」というものだったのかもしれません。
…彼が最期に満足そうに笑ったのは「自分が死ぬ」ところを自分で得たから、なのでしょうか。
いつになくまとまりと先生の御言葉要素が少ないですが、この辺りで筆を置く…というより、打つ指を止めましょう。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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