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摂理人、おしゃれに気を遣う。

摂理人、おしゃれに気を遣う。

こんばんは、satoです。
今日、髪を切りに行きました。ずっと髪を切っていなくてボリュームが増えていたのです。(私の髪はボリュームが出やすいらしい。)
それで、髪型をどうするか聞かれて何となく、
「色々遊びたいです」
と伝えました。
今までも髪をセットしてきたのですが、どうしても単調になりがちで…。
私は「ひとつの完成形を目指して」あれこれ試行錯誤するのは得意なのですが、目標が定まらない状態であれこれするのがとても苦手です。だから、髪型をあまり知らない私にとって、セットはある意味苦手な部類になります。
しかし、そんな私が「髪型を色々いじりたい」というのは、いったいどういうことか?
昔から服のことも無関心で(完成形がないからか)あまりセットしようとしなかった私ですが、そんな私が「髪型を色々…」というなんて。
シャンプーしてもらいながら、そのことについて考えていました。
いったいどうして髪型をいじろうとするのか?
女性にかっこいいと言われたいわけでもないし、別に髪型をセットしないと何か言われるわけでもない。
でも、私の心の奥底には「色々髪をいじってみたい」という思いが。
それはなんだろうか?
今週の御言葉で「引き上げられた霊」についての話がありました。
そう、私には「霊」がいる。霊がいる、ということは「霊の体」があり、「霊の心」がある、ということ。
霊の心は…神様を愛することに重きが置かれています。
ということは…「私の霊がおしゃれをして、髪型バッチリ決めて、神様の前に進み出たい」ということでしょうか。そう考えると色々納得はいきます。
どんなにおしゃれをしなかった人も「好きな人」のためならおしゃれをする。新婦は新郎の前におしゃれしたくなる。実際、鄭明析先生も礼拝の度にしっかりおめかししていました。
しかしながら、私は高校の時好きな人がいたけどおしゃれはしなかったような…。
それも、すぐに答えが出ました。「おしゃれ」という概念を知らなかったのです。だって、高校ではワックスつけたらダメだし…制服だし…おしゃれの仕様がない。
「霊の心が復活すること」、そして「肉が知ること」。この二つが成長に大事なのですね。


最近物語ばかり書いていたのですが、こういう徒然日常日記もたまにはいいものですなぁ。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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