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摂理人は考える。「犠牲の愛」はどうすれば行えるのか、を。

摂理人は考える。「犠牲の愛」はどうすれば行えるのか、を。

こんにちは、satoです。
昨日の記事で「犠牲の愛」についてアニメを通して話し、「「犠牲の愛」、私も行えるようになりたいです。」と締め括りました。
しかし。
この「犠牲の愛」はそう簡単にできるものではありません。
なぜかって言うと、人間には「生存本能」があるからだと私は思います。つまり、「自分の苦痛になることは本能的に避けようとする」んです、人は。実際、私も人のためになるとわかっていても、自分の苦痛になることをするのには躊躇があります。特に「自分が代わりに死ぬ(ほどの苦痛を受ける)」ことは避けがちです。
かといって、それを押し殺して無理矢理するものでもありません。相手から共用されてする「犠牲」は、ただの奴隷と変わらないと思います。
では、どうしたら「自ら犠牲となりたい」と思えるのでしょうか?
今日はこの辺りを昨日挙げたのとは異なるアニメから考察したいと思います。
それは2006年から放映されたアニメシリーズ「コードギアス 反逆のルルーシュ」です。第一期は深夜アニメでしたが、第二期「R2」は日曜夕方に放映されていましたよね。私は当時摂理に来る前だったので普通に見てましたが、私の弟たちも普通に見てました。
こ主人公ルルーシュは自分の国であるブリタニアから謀略によって日本に送られた王子様、という設定です。この物語は彼がどのようにして母親を殺された復讐と自分の最愛の家族である妹を守るのかに集約されると思います。もちろんそれ以外の要素はあるのですが、今回はこの点に着目して物語の(うろ覚えな)概要を説明します。
ルルーシュは非常に知略的な頭と「人を一度だけ絶対遵守させる」能力・ギアスを持って、ブリタニアから日本を取り戻す反逆者「ゼロ」となって様々な謀略と戦略を使い勝利していきます。しかし、親友であるスザクに正体がばれ、最後にはブリタニアに捕まってしまいました。それが第一期。
その後、記憶を塗り替えられた上で日本で再び平穏な日々を送っていたのですが、あることをきっかけに記憶を取り戻し、再び日本を取り戻す反逆者「ゼロ」として台頭します。しかし、敵側の戦略によって彼の正体が反逆団にばれてしまいます。彼が人命より戦略を優先して指示をしていたことも相まって、彼から人が離れてしまいます。
そんな彼が最後に選んだ戦略、それが「ゼロ・レクイエム」。
危機的状況を「弟」によって救われる(ここは後述。)と、父親の計画を打ち破り、自らがブリタニアの皇帝となります。反逆する敵側との最後の戦い、そのトップは…なんと「最愛の妹」でした。彼女は敵の戦略に「ある意図」を持って同意し、敵となってルルーシュの前に現れました。
ギアスを使うことを躊躇うも、彼女の「意図」を見抜いてギアスを行使。敵側の主将も掌握し、彼は世界を「独裁政治」によって統一しました。そんな彼が妹と反逆団の公開処刑を実施するために現れたとき、目の前に現れた「ゼロ」。ルルーシュはゼロの剣によって、断罪されます。
そう、「ゼロ・レクイエム」とは
彼が「魔王」となって全世界の悪意を請け負い、自らが殺されることによって平和な世界を成すこと。
最後の「ゼロ」の正体は彼の真意を知り、共になそうとした親友スザク。彼もまた「自分がゼロとなって生き続ける」という犠牲を自ら請け負ったのでした。
このような思想、実は私も小学生の時からずっと持っていました。
クラスメイトが喧嘩をしているときに、「自分が敵になって、二人が共に私を追えば仲良くなれるのではないか?」と考えていましたね。でも、それを実行することはありませんでした。
彼も当初は「妹を守る」という思いは持つけれど、そのためにも自分の生存は考えていたでしょう。そんな彼が「ゼロ・レクイエム」という名の犠牲を自ら請け負った、その動機は…なんだったのでしょうか?
今日は疑問だけ投げ掛けて終わります。続きは次回。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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