satoの数学小説シリーズ「真理の森の数学セミナー」絶賛更新中!

摂理の恋愛。

摂理の恋愛。

おはようございます、satoです。
私のブログ、名前に「恋して悟り」ってあるじゃないですか?これは東方の「古明地姉妹」が好きだったときにつけたタイトルなのですが…(笑)しかし、私の信仰生活を見てみると本当に「恋して悟って愛を育んでいく」ので、このサブタイトルをつけてみました。
そんなブログ名にちなんで、今日は「恋愛」について語ってみたいと思います。
この話を聞いて「摂理の中で恋愛ってあるの?」と疑問に思った方もいるのではないでしょうか?摂理は「異性についてとても御言葉で厳しく話されている」というイメージがありますからそれも当然のことでしょう。しかし、摂理内で恋愛は実在します。
そもそも、恋愛というのはどういうものなのでしょうか?
恥ずかしながら、私は摂理に来る前たくさん片想いをしてきました。また、周りにもそういう人がとても多かったです。
その時の感情を思い返すと「相手のことに興味・関心を持ち、少しでもその人に近づこうと」していました。そのために同じような趣味を持ってみたり、少しでも彼女のことを知ろうと色々調べてみたり…(ストーカーはダメですよ。)
また、友達とも話したり、その人にもたくさん話しかけてみたりしました。
ある人は、「好きな人の友達だから」という理由で今まで嫌っていた人と仲良くなりました。ちなみに私は「嫌われていた人」の方です。
それくらい、人を変化させる「恋愛」。
しかし…よく聞いたらどこかで見たことがあるような?
摂理人の生活を見てみましょう。
摂理人はいつも明け方に祈ります。「神様に会いたいから」
主日はもちろんのこと、水曜・金曜も忙しいのに夜には礼拝を捧げます。「御子・聖霊様と愛し合うために」
「少しでも神様のことを知りたいから」聖書を読んだり、啓示を読んだり、御言葉を読み返したり。
「御子と近づきたいから」体質も御言葉に合うように作ります。
「主の心情を知りたいから」主と同じようなことをする摂理人も多いです。山で祈ったり、徹夜で祈ったり、断食したり。
「主と永遠に共にしたいから」好きだったもの・人を切ろうとします。
そして「主がその人を愛するから」すべての人を愛そうとします。
これって、まさに恋愛ではないですか?
そう。摂理人は「神様・聖霊様・御子・主」に恋してしまった人たち、と言い換えてもおかしくありません。それも当然のことで、鄭明析先生は御言葉で「イエス様を恋人のように愛した」方です。その人の御言葉を聞いているから、そういう姿勢になることも無理ならぬことです。
私も以前は好きな人がいましたし、女性に対して「かわいい…」と関心を持つことが多かった人でした。しかし、摂理にいるなかで「神様に近づきたい!」その一心でそんな心を持っていたことを泣きながら悔い改めたことがあります。
愛が それだけが 私をこうする
愛せば 皆そうなるでしょう

そんな賛美があるのですが、まさにそんな感じです。
しかも、摂理のこの恋愛は世の中と決定的に違うところがあります。
それは「確実に成就する!」こと。
世の中の恋愛は「お互いが好き合っていないと」成立しないのですが、人間は一人しか恋人にできないのでその思いが成就しないことの方が多いです。…私は今まで一度も成就しませんでした(笑)
また、一度成就したとしても、それがずっと続くとは限りません。人の心は変わりやすいので、どちらかが気持ちが変わるだけですぐに終わってしまいます。
しかし!神様との恋愛は違う!
なぜなら、神様は「全人類一人一人を恋人のように愛している!」
神様は人とは違うので、すべての人を同時に恋人のように愛することができるのです。そして、その思いは「永遠に変わることはありません!」
だから、私たちさえ変わらなければ「永遠に愛が成就し続ける」!
そんな神様との愛に、今日ももがきながらメロメロになっていく摂理人なのです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

日常生活カテゴリの最新記事