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摂理人「靴の大きさが自分に合わないと痛いよね」

摂理人「靴の大きさが自分に合わないと痛いよね」

こんばんは、satoです。
今週の鄭明析先生の主日の御言葉、その主題は「あなたの足から靴を脱ぎなさい」です。
あなたの足から靴を脱ぎなさい、と言っても「裸足で生活しなさい」ということではありませんよ(笑)
私たちが機会を待っているのに、それを掴めない。そんなとき人は「どうして私には機会がないのか」と思いますが、それは人間の考えです。
機会は十分来ているけど、私たちが「早く行えなくて」逃してしまうのです。よくあるのは、「これ本当に、そうなの?」とか「まさかこのタイミングではないよね…」とかいう考えがよぎって、動けないパターンです。
逆に言えば「早く行えば」機会は掴めるのですが、それでは「早く行う」とはどういうことか?
「すべき時に行うこと」です。
そして、そのためには考えと行動が一致しなければなりません。
「考えと行動がバラバラ」ということは「男女が離ればなれになって動いている」ようなものです。ここで考えが男、行動が女です。
ここで一つ重要なのが自分の考えを捨て、御子の考えを入れることです。どんなに考えと行動が一体だとしても、自分の考えで行えば小さく終わってしまいます。神様の考えは人間とはスケールが違うのです。
「自分の考え、主観」というのは「人生を生きるなかで自分が経験したことや見たもの、聞いたもの」で作られていますが、これはちょうど「世の中を生きるときに色々汚いものを踏んだ靴」のようなものです。日本だと家に入るときには必ず靴は脱ぎますよね?これと同じように、神様の前に行くときには「自分の考え」と「それに基づく行動」は脱がないといけないのです。そうでないと、靴の汚れで家が汚くなるように「神様の考え」が人間の考えで汚くなってしまうのです。
そういうわけで、「自分が捨てるべき靴のような主観」を悟りましょう。
ところで、私のこのブログ、一番最初の記事が新しい靴を買いましたという内容でした。なので、この主題を見て「あれ、私のブログも神様に見られているのだろうか…」と考えました。果たして、私のブログは「神様の考え」で書かれているのでしょうか?
もう一つ、今日のバイトにて。
バイトでは靴を履き替えるのですが、私の靴は少し、いやかなり大きくて合っていなかったのです。それで、歩き方をおかしくして、土踏まずを痛めてしまいました…。さらに、なんと「靴底」が剥がれる、という…。
このように「行動に見合わない考え」をしていると自分にも靴にもよくない…ということですね。
自分に合う考え、それは御言葉なのですが、それを履き続けるためには「自分の行動」も変えなければならない。
そう悟りました。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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