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摂理の中の私と神様。その2

摂理の中の私と神様。その2

神様のことはどこか遠いと感じつつ、イエス様をとても近く感じて、イエス様には心を開いていた私。もっとも、このときは私の悪いところは正直に告白できていませんでしたが。
摂理がカルト宗教だって聞いても、鄭明析先生の悪評を見て疑ってたとしても、2chとかで晒されるかも、とか考えてたとしても(昔から2chっぽい掲示板を見ていたので、その影響で)、それでもイエス様に対しては全幅の信頼を寄せていました。それはある意味で私の拠り所だった空想世界「ハコニワノセカイ」の代わりだったのかもしれません。
だから、信仰に関連すること-祈りや礼拝、教会行事など-をしているときはあまりそれらのことが気にならなかったのです。唯一心が苦しかったのが御言葉でした…それもかなり問題なのですが。
私は心に思ったことをほとんどそのままイエス様に話してました。…罪のこと以外は。
たとえば、私は教会から少し遠いところに住んでいたのですが、それでも明け方のお祈りには参加していました。あるとき、少し遅く起きてしまった私は急いで教会に向かいながら「すいません!遅れました!でも、遅れてでもしなさいって御言葉にありましたから急いで行きますね!」と話してました。
当時の自分としては御言葉通り行うことに必死だったのかもしれません。しかし、このときの感覚は今の信仰の土台になっています。
そうやって祈りながら生活しているうちに、色々不思議な体験をするようになりました。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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