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私と神様。

私と神様。

シリーズになるかはわかりませんが。
摂理に来てから、私は神様の観が変わりました。御言葉を聞く前は「人格のある全能者は存在せず(できず)、ただ全世界の法則の集合体が存在するのみ(いわゆる理性神?)」という認識でした。これは、たとえば涼宮ハルヒシリーズのハルヒが「全能的能力を持ちながら、その認識がない」という意味で制限があったり、その他全能な能力者には何かしらの制限があることから「能力が強いほどその制限も強くなる、いわば「限定的全能」のみが存在する」と類推してのことです。
(…今にして思えば、この制限の類いは「物語を面白くするため」の材料なのであって、世界の法則ってことではないですよね。この辺り「漫画の世界は実在する!」という私の認識が強く反映されているのだと思います。)
しかし、御言葉を聞いてからはすぐに「全能なる神様」の存在を認識し、そのまま信じるようになりました。ところが、この神様は「天にある御座にドーンと座っている超大きな方、しかも髭が立派な老人…」という既成にありがちなイメージでした。不思議なものですが、人はそのように認識すると、本当にそう見えてしまうのです。
なので、御言葉を聞いても、祈っても「どこか遠い…」感じがしました。
なので、私はイエス様が好きでした。イエス様は近くにおられるような感じがしたので、よく祈っていたと思います。今にして思えば、それは「イエス様の姿をした御子」なのですが。また、聖霊様は当時よくわかっていませんでした。
その認識によって、私の信仰生活が始まったのです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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