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閑話休題:摂理と私が見た幻の背景

閑話休題:摂理と私が見た幻の背景

さて、ここまでが「摂理がカルトだって知ったあともい続けた理由」をまとめたところになります。
この後も摂理にいることに対してかなりの葛藤を繰り返していました。
世の中の目を気にする自分、鄭明析先生に対する不信、御言葉に対する不安…それらに苦しんでいました。しかし、これについてはお祈りの末にだんだんと解かれていきました。
正直に話すと…この件で人に相談したことはあまりありませんでした。どうしても怖かったのです。
「そんな不安を抱えているなんて…そんなのダメだ!信仰がない!」と言われそうで。
だから、ひたすら「お祈り」していました。御言葉を聞きながらも受け入れられない部分を、ひたすら神様に正直に告げました。その結果…私には様々な変化が起こりました。
次にお話しするのは、そんな「摂理に居続けたことで変化した自分の姿」です。
ところで…私が摂理を悪評する記事を見たあと「正しいことを知れるように」お祈りした際に見た幻ですが…実はこれ、あるものが影響しているのでは?と気づきました。
唐突ですが、私は当時「東方シリーズ」が好きでした。世界観とキャラの能力にハマりました(笑)
その中でも特に「地霊殿」と「星蓮船」にはまっていました。なぜか、というと「とある絵描きさん」が書いたキャラがとても魅力的で…。
特に私が好きだったのは「古明地こいし」というキャラでした。理由は「ああゆう底抜けに明るい(天然?)キャラ」に惹かれやすかったことと、当時の私自身の心理状態・自己認識が彼女のキャラと一致していたからです。
その人は色々なFlashを作っていました。例えば、地霊殿キャラで「お正月にかくし芸大会」をするとか「お燐が死霊を集めるゲーム」とか…。
実は私が見た幻の一部(一輪車に乗るイエス様、雲の手が降りてくる、ステージで踊るetc…)はこのFlashにあるものと一致しているのです。
では、どうしてそれが「イエス様の幻」となったのか?
実は、神様が人に働きかける時は「その人の個性」に合わせて、という法則があります。
端的に言えば「その人の脳の中にあること」に合わせて働かれるのです。
だから、御言葉を通して正しく知ることが大事なのですが…。
そういうわけで、私が極限状況に追い込まれた時にあのような幻を見せるに至ったのです。
実は…この「脳内に入っているものに合わせて働きかける」という話は、私が信仰生活をしている中で一時期「ある現象」として如実に現れていました。それは…先の「古明地こいし」も関わってきます。
この辺りは…書く時があるのでしょうか?

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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