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摂理と幼子。

摂理と幼子。

おはようございます、satoです。
最近、satoの祈りが「幼子っぽい」とある人に言われました。
明け方の祈りの時間、わたしは自分が思ったこと、心に抱えていることをすべて神様に、主に話していました。その「率直な祈り」を教会に来ていたある人が聞いて、このように話したということのようです。(私の祈り、どうやら声が大きいらしくよく人に聞こえているようです…「お祈りの声は自分が聞こえる程度」というのが方針なのですが(苦笑))
satoが教会に来た当初から「幼子のようだ」と言われることが多かったです。それに対して自分は「いやいや、私結構自分の得になるようなことを考えているような、ピュアな人間では決して…」と思っていました。それでも、神様に対する姿勢が幼子のようだと言われることが多かったです。
そこで、幼子を見てみることにしました。
幼子は、決して「いい子」とは限りません。大人の言うことを聞かない子、恥ずかしがり屋ややんちゃな子、たくさんの子供がいます。しかし、その中で共通していることがあります。それは「自分に素直」なことと「どんなに厳しく言われても親や大人を頼る」ことです。
何はともあれ、自分に対しては嘘をつかない。これ、案外大人ができてないことでないですか?「自分はこうしたいけど、他の人が気になる…」といって自分のしたいことを押し込めるなんてことは一度ならず経験していると思います。(人の配慮ができない、ということとは異なります)
そして、厳しく言われたら凹んだり、怒ったりして拗ねていませんでしたか?もちろん、幼子だって拗ねることはありますが、気がついたらまた「ママー!」と走り寄ってきます。そんなことできますか?
私も結構神様に対しては「自分に素直」な方で、神様に「わからない!」「今はできない!」「なんでそんなこと言うんですか!」と祈っていたことはしばしば(笑)正直聞いている側としてはどうなんだろ…と思うのですが、神様は暖かく受け取ってくれているようです。
あと、どんなに御言葉でつまずくことがあっても、基本神様に頼るんですよね。確かに。
そういう姿勢が神様に喜ばれているのだとわかり、安心しています。
皆さんも神様に対しては素直になれるよう、お祈りします。神様は全部聞いてくださるから。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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