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摂理人と「みだりに話すこと」。

摂理人と「みだりに話すこと」。

こんにちは、satoです。
鄭明析先生の御言葉の中で何げに多く出てくる「みだりに話してはいけない」という言葉。
タイトルを書いててわかったのですが、「みだり」って漢字で書くと「妄り」になるのですね。これは「妄想」の妄と同じ漢字。
これってつまり…「自分の考え、空想で物事を話してはいけない」ってことじゃないですか!?
今までわたしは「みだりに」と「みだらな(淫らな)」を混同していたので「なんかイヤらしいことを話してはいけないってことかな…」と思っていました。
その誤解はすぐに解けたのですが、今度は「むやみやたらに自分の考えを話さない」ってことかと思いました。大体あってるけど…やはりはっきり知らないと治められませんね。無知って怖い。
さて、今日わたしはある授業のテスト採点をしていたのですが、わたしはいつもこの業務をするととても疲れてしまいます。それは…その人の解答を見て「いちいち突っ込んでしまう」から。しかもそういうときの言葉って大体汚いんですよね…。「いや、これは違うでしょ!」とか「よくわかんない!この解答!」とか…様々に。
今日も採点当初は突っ込んでいたのですが、自分の言葉を聞いててだんだん疲れてくるわたし。正直「人の解答そのもの」より「それに突っ込む自分の言葉」にエネルギーを奪われている…。そう、これって「妄りに話している」ってことですよね。
それに気づいたわたしは「これではダメだ。聖霊様の慈悲を私の心にください。しかし、裁くときは神様のように厳粛にさせてください…」と言いながら採点することにしました。あと、何か微妙な解答があったら「これはどうしましょう…」と話してみたり。
そうしてもはじめは汚い言葉が出るのですが、それでも諦めずにとにかく神様、聖霊様を呼ぶ…。
そうするとだんだん採点基準がはっきりしてきて、最終的には「何も話さず、評価せずに」採点するようになりました。
「そうか…しゃべらなければいいんだ」と最後に気づく、という(笑)
そして、採点、評価まで終えて一息つくと…。
なんといつもの半分の時間!そう、「時間の奇跡」を起こしたのです\(^o^)/
「妄りに話さない」という御言葉を一つ守るだけでも、これだけ違う。心も疲れないし、時間を治められる。
鄭明析先生の御言葉の威力を今日もまた実感した次第です。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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