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摂理で「捨てる」ことの根本

摂理で「捨てる」ことの根本

おはようございます、satoです。
昨日のブログで「摂理では「捨てなければならないもの」が多い。それは御子を愛するためだ。」と書きましたが、少し補足というか、追記をしようと思います。
「捨てる」と聞くと何となくネガティブに聞こえますが、神様は「捨てるべきもの持った自分が嫌だから」捨てなさい、といっているわけではなく、「愛するあなたと天国に行きたいのだけど、それを捨てないと天国に行けないから」捨てなさい、とおっしゃっているのです。で、これをわからずに捨てようとすると、自分の心に無理が生じて傷を受けて…御言葉が苦痛になります。
御言葉を行う上で重要なのは「神様の愛を受け入れること」。
神様のこの心情を受け入れると、自然と捨てようという気持ちが出てきます。私自身もこの御言葉は苦手で今までは捨てようと言う気持ちも出ずただただ苦痛でしたが、今日祈りながらこの心情を受け入れると捨てる気持ちが自然と出てきました。
なので、まずは神様の愛を受けられるようにお祈りしていけたらいいと思います。神様はそのような行動一つ一つを愛らしく見ていることでしょう…。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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