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環境と体。

環境と体。
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かつて「冬の小鳥」という映画を見たことがある。
これは、監督の過去の経験をもとに作られた作品だ。
私はこの作品を見て、とても不思議に思った。
舞台は韓国。彼女は子供のころ、実母がいなくなり、たった一人の父親に捨てられてしまう。
孤児院では最初「ここは自分のいる場所ではない」と心を開かなかった。しかし、生活をしていく中で一人の親友を得る。
その友達とは「アメリカに一緒に行こう」という約束をしていた。しかし、親友は一人でアメリカに養子縁組で行く。
再び取り残される彼女。湧き出る怒り。
しかし、それを乗り越えようやく孤児院で笑えるようになった矢先。彼女は養子縁組でフランスという異国に一人で行く事になる。
いつも、自分が幸せになれる、自分の心が許せる存在が手に入れられると思った矢先に、それが奪われる。
こんな悲惨な子供時代を暮らしていて、彼女の自己は壊れてしまっているのではないか?
そう、私は感じていた。
しかし、この箴言を聞いてその疑問が解けた。
環境が問題ではない。その中で私達がどうするかによって、未来は変わる。
もちろん、環境や昔の経験によって「自分に対する希望」とか「生きる意欲」がわかない、ということもあるだろう。その時は、それなりのケアが必要だ。
少なくとも、この監督は「このような環境の中で、自分が生きる努力をしたから、自分を肯定できるようになった」のだろう。
私も問題に行き詰まった時に、自分の過去を振り返った事がある。その時自分の受けた「苦しかった事」や「辛かった事」に恨みを抱き、自分を「不幸な人間だ」と思ってしまった。
しかし、それでは何も解決しないのだ。結局「今いる環境で、今いる自分が行う」ことでしか変化は起こせない。それを今は実感している。
おそらく、辛かった事に遭った自分も「その時上手く行った」し、「そこで努力した」のだろう。その事に目を向けて、自分を肯定していきたい。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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