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昨日の続き・さやかの話と愛について。その1

昨日の続き・さやかの話と愛について。その1

こんばんは、satoです。
昨日はまどマギから感じた話について語りましたが…。
結局「人生を何に投資するか、自分を何に賭けるか」という話になりました。
昨日の書き方だと、さやかが悪い、という話になってしまいそう(と私はかんじましたが…)
しかし、私も昔は人が人を好きになること、恋が成就するために行動することを見てワクワクしたし(要はラブコメが好き)、「好き合う二人が、本人の意思によらず引き裂かれる」のを見るととても哀しくなりました。そして、そういうエピソードを見ると「どうにかして彼女を救えないものか…」(大抵そういう悲劇を被るのは女性側だったなぁ)とか「どうしてこうなったんだろう…」とか考えて、補完する物語を考えていました。うん、オタクっぽい。
そんな私だったので、さやかのエピソードを知ったときにも、なんて哀しいんだ!と呆然としていたし、例のごとく「彼女が救われるための物語」を空想していたことがありました。
ところで、なぜ「彼女は壊れてしまった」のでしょうか?
もちろん恋愛の問題に加えて、魔法少女の正体を知ったことによる「人間としてのアイデンティティ」の崩壊、それによる過度の戦闘による磨耗など、様々なことが原因としてありました。そんな彼女をどうすれば救えるのか?
私は「さやかが心をすべて打ち明けられる存在が周りにいなかった」ことが一番の悲劇だった、と感じています。
あのエピソードの中で、彼女に近づこうとする人は何人かいました。
例えば、彼女の親友だったまどか。あるいは、魔法少女として対立していた杏子。彼女も魔法少女となったがゆえに家族を失い、それゆえにさやかのことを気遣っていました。(関係無いけど…杏子は父さんが牧師(神父)でしたね)
しかし、その手をさやかは拒絶した。というより、彼女の中では「自分は一人なんだ、周りはすべて信頼できない」という心境だったのではないでしょうか…。
そんな中で、この悲劇は彼女には耐えられなかったのは、仕方ないことだと思います。
さて、私がこのエピソードを今回取り上げたのは、「さやか」のような人生を生きている人が実際にいるからです。
実際、摂理にもこういう人はいるんです。「自分に与えられた使命を行い、熱心に信仰を守っていると思っていたが、気がついたら教会からいなくなっていた」という人が。本当は辛いことがあるはずなのに、それを無視して、いや、忘れようとして使命に溺れる人が。
確かにその場ではやり過ごせるのですが…摂理は「永遠に」生きるから、それでは持たないんです。
信仰から離れた人もいれば、そうでなくてもうつ状態になったり、自暴自棄したり…。これはどんな仕事をしても、信仰を持たなくても、同じことだと思います。
長くなったので、続きは別記事で。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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