アニメから悟ったこと。


こんばんは、satoです。
今まで色々ブログを書いていたのですが、ふと「オタク系」という名前があまり活かされてないということに気がつきました。まぁ、活かす必要性もないかもしれないのでしょうが…笑
そこで、今日は「漫画」から思い付いたことを書いてみたいと思います。
皆さんは「魔法少女まどか☆マギカ」というアニメをご存じでしょうか?
可愛らしい絵とそれに合わないような重いストーリー展開が話題となり、2012年に何か賞をとる等、いわゆる「成功した」作品と言えます。今年は完全新作の劇場版も公開されました。
ちなみに私は見る時間がないのと、一度見てしまうと脳に映像がインプットされてしまい他のことに集中できなくなることから、アニメはほとんど見ず、ウィキなどでストーリーを知ったくらいです。話題になったときに好奇心で「第三話のあのシーン」だけは見ましたが…泣
(ストーリーを知っただけでも脳に映像が出るくらいなので、映像を見たら色々脳内創作してしまうのが目に見えます…)


ここでは「さやか」という少女のエピソードを(わからない人に向けて)話したいと思います。
簡単に言うと「好きな人が腕に怪我をして、夢であったバイオリニストへの道が絶たれて苦しんでいるのを見て、自分が魔法少女となることを引き換えに、彼の腕を治したさやか。しかし、魔法少女が「人間とは異なる存在」であるということを知って彼と距離を置くうち、自分の友達が彼に告白するということを聞かされる。魔女との戦いで精神が磨耗していく中、自分を見失い、最後には魔女となってしまった」という話です。
皆さんは、この生き方をどう思いますか?おそらくそれぞれ感じることは違うと思いますが…。
私は「いつ死ぬともわからない自分と、好きな人を得るために自分という存在とその時間を投資する危うさ、不安定さ」を感じました。
人生は100年。寝る時間、食事や排泄の時間、人と話す時間、老後で体が思うように動かないことを考えると、私たちが使える時間は案外短く、すべきことは山のよう。
そう考えると、私たちは「限りある時間」をどのように使うべきか?
確かに、人が人を好きになる、ということはある意味自然なものだと思います。でも、「それがすべてだ」と思って人生を投資すべきか?私たちは今一度考えないといけないと思います。
このエピソードについてもう一つ感じたことは次の日記で書いてみたいと思います。

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「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。 軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。