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「命を懸けて」

「命を懸けて」

おはようございます、satoです。

ブログを書き始めて、5年が経ちつつあります。
はじめはやってみたいと思いつつ更新できなかった日々が長かったですね…。
あの時から考えると4年も続けられるとは思ってもいませんでした。
これまで色々な記事を書いてきました。書いている途中のもの、特にシリーズ物もありますが…(´・ω:;.:…

更新ができなかったある時、このままではまずい、と危機感を持ったのは、人を通して

「これ以上書かないことが続くなら、ブログは止めたほうが良い」

という話があったからでした。このことに「このままでは奪われる!」と考えた私は

「何があっても、一日一回は更新する」

ということをして、これを最優先事項に置いて生活していました。

そのことがきっかけで更新ができないと不安になる、気になるくらいにまでなりました。

聖書の中でこのような聖句があります。

「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。-マタイによる福音書22章36-38節

「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして」。

別の言葉でいうと「命を懸けて」。

この言葉はどういう意味か。

鄭明析先生はいついかなることがあっても必ず行うことだ、と話されたことがあります。
そのことに照らし合わせると、あのときの私はまさに「ブログに命を懸けていた」のだと思います。
それは今でも、「自分がどこか離れたときには、ブログを書こうとする」、まさに今の状態を表しています。それほど、自分とブログというのは密接な関係があるのかもしれません。

「命を懸けて」と聞くと、それこそ「命がなくなるまで、たとえ自分が苦しくても」というように聞こえますが、実際にはもっと…ある意味では切実で、ある意味では優しい言葉なのです。
何故なら、「命を懸けて」行うことは「神様を愛する」ことだからです。
誰よりも私達を愛してくれる神様を、命を懸けて、人生を懸けて愛する。そのことが第一のいましめである、とイエス様が話されたのです。

振り返って、今の私は、命を懸けて行なっているでしょうか。

ブログもなかなか更新できず、色々なものに縛られて、できなくなっていることはないのか。

今一度、自分を振り返るときなのかな、と思います。

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