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料理を通して、神様の細やかさを悟った話

料理を通して、神様の細やかさを悟った話

こんばんは、satoです。

今朝は珍しく料理をしました。
明け方後はいつもブログを書いてから休んでいたのですが、今日はみんなでご飯を食べようと料理をしました。
時間はわずか一時間。一人でスープと簡単な主菜を作りました。

今まで料理をする時には材料を多めに切ってあふれるくらいにしたり、ドバっと調味料を入れてしまって味が濃くなるというように、何でも大雑把にしてしまって、作りすぎたり味が濃くなってしまう、ということが多かったです。
しかも、時間がないと焦ってさらにそうなりがちでした。

ところが、今日は違いました。

今からスタートしたらどれくらいでできるかを考えて、最初に何から作り始めるべきかを構想し

「これくらいなら足りるだろう」と計算して材料を切り

「これくらいでいいですかね?」と神様に聞きつつ、自分でも一度フライパンに入れて確認し

出汁が出るまで煮込みつつ、暖かいときに食べられるように時間を調節し

少しずつ調味料を入れながら味を調節して…。

と、とても細やかな作業ができるようになっていました。

今にして思えば、いつも料理しているときは集中があまりできていなかったように感じます。だから、ドサッと入れてしまったり、行き当たりばったりで料理していたのかもしれません。(お菓子作りとか、レシピを見ながらだとまた違いますが)
しかし、今日はいつもより料理に集中できていました。

さらに考えてみると、これって前より心に余裕ができていたからな気がします。
ここ最近、自分のことについて整理しているうちにより神様と近づくことが出来るようになったし、以前より感謝が出来るようになったからでしょうか。

こういうきめ細やかさって、母親のような感覚ですよね。
お母さんの料理って絶妙なバランスの味なんですよね。そして、それ以外のこともとても細やかなことに気づいて、影でしてくれる…という感じ。

そういう感覚で料理ができるようになった。
このことを通して、「あぁ、神様もこのように細やかに私たちにしてくださるんだ」と今気づきました。
本当にたくさんのことを精密に、同時進行なさる。それってどれだけの心なんでしょうか?
本当に神様は繊細で、しかし、愛にあふれた方なんですよね。

料理を通して、神様の細やかさを垣間見た時間でした。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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