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ブラック企業勤務から、神様と共に働き方改革でホワイト企業へ

Change black to white ~山を動かす御働きは起きる!!ブラック企業をホワイト企業へ~

お勤めご苦労様です、ヒデユキです。

私の働いている企業はいわゆるブラック企業です。今回私が現在働いている企業で神様がどのように働きかけてくださり、神様と共にすると現在の私では到底たどり着けない位置に神様が上げてくださる働き、決心した分、神様が働きかけて下さった一部始終をご紹介していきます。

 

どのような会社?

単にブラック企業と言っても様々なことでブラック企業と言えます。
私が勤務している会社は、「労働時間」がダントツに長いです。

社員の場合、週6日勤務、朝7時半出社、夜8時半から9時退社、日曜出勤も多いです。

仕事は持ち帰り内業をする日々です。
バイトのみ夕方までです。
業界は不動産賃貸管理業です。

 

日中は賃貸物件に一日15件ぐらい巡回をし、植栽管理、共用部の清掃、ハウスクリーニング、ポリッシャー清掃、設備工事などしています。日が出ている時しか出来ないので朝は早くなります。夕方頃、緊急の対応などで夜の7時ぐらいに帰社します。

 

8時半までミーティング、メール、報告作業で仕事は終わらないので、自宅に持ち帰り夜23時半から24時過ぎまでします。

 

バイトから25歳で所長になるまで

私がバイトから所長になるまでの過程をご紹介していきます。今から4年前に今の会社のA営業所へバイトで就職しました。母親の看病のため前職を辞めて、時間の融通が利くバイトを選択しました。バイトであれば夕方までのお仕事、緊急や看病の時、休みたい時に休むことが出来たからです。

 

ある日、新規取引先からお仕事を頂き、その地域にB営業所を立ち上げ、A営業所の課長が所長になりました。私はA営業所から応援でB営業所長と共に仕事をしていました。所長から厳しく指示、命令、注意が飛び交う日々もしばしばありました。

 

上司の代わりに上司がいつも巡回している現場に行く機会があり、行って来ました。正直ショックの一言でした。私に厳しく指示、注意していた項目を全く作業していない状況でした。

 

母親も病で亡くなって一年が経ち、心に余裕が出て来た頃でした。神様から「次のステップに行きなさい」と下さったメッセージだと思いました。そんな気持ちが揺れている中、本社課長とお話の機会があり、心の内とB営業所長のことを打ち明けました。

 

後日社長から呼び出しがあり本社に伺いました。社長と再度、事情と心の内を話しました。心の内の中で「上司より私が責任者になればこのようなことはしません」とも伝えました。社長から「やれるのか?」と言われました。その時終始神様を呼びながら社長と面談をしていた自分ですが、即「はい!」と私は言いました。

 

次月、会社から辞令が降りました。上司と私がB営業所の所長の変更、上司は3階級降格、平社員になりました。こうして私がバイトから所長になるようになりました。神様から「次のステップへ行きなさい」を自分の心や行いで判断していました。

 

私はお祈りをし、神様は正しく導いて下さり、私の歳(当時25歳)で所長になることは、神様が上げてくださったとしか思えませんでした。私一人ならなんでもない、神様が共にし行うから、私も今の位置にいると強く感じるようになりました。

 

1年もしないで営業所解散、本社勤務になる

B営業所の所長になり、毎日目まぐるしく働きました。3か月後には一人従業員も入り、少しずつ右肩上がりの日々でした。その半年後新しい従業員は福岡への移住で退職、会社から営業所の解散を言い渡されました。

 

B営業所は開拓営業所の位置付けにあり、その地域からの会社発展、会社の状況から現在は凍結する方向に舵を取り、私は次月から本社勤務になりました。この一年間は私にとって大きな一年間でした。なぜなら、教会が近かったのです。

 

車で20分で行けるのは本当に嬉しかったです。いままで1時間半から2時間ぐらい遠い所でした。神様に出会い、その当時まで唯一神様から絶対的に貰えなかったものが「環境」です。神様に出会えたことが最大の環境変化ではあるのですが、平素生活で環境に祝福された人生は私にはありませんでした。

 

幼少期、父親は会社が倒産、離婚、母親も苦労して私と妹を育てました。家族で1週間2千円でどう過ごそうか家族会議したのも覚えています。そのような人生も経験をし教会がこんなに近くにあることは私には大きな祝福でした。神様から私へのプレゼントだと感じました。仕事も忙しいので行ける限りお祈りしに行き、教会の行事にも参加をしました。

 

本社勤務で働き方改革を進める

<時系列>
2014年3月 A営業所にバイトで就職
2017年2月 B営業所の所長になる。
2017年12月 B営業所解散辞令発表
2018年1月 B営業所移行期間
2018年2月 本社勤務
2018年3月 働き方改革(第一次執行)
2018年4月 働き方改革継続中、第二次準備段階。

これまで仕事をしながら神様が共にしてくださいました。本社勤務になり、従業員(バイト)は、会社が一杯一杯の状況の足元を見て、当日欠勤、遅刻、言いたい放題歯向かう状況でした。2017年12月からB営業所と本社の行き来をして、仕事をしていましたが、もう辞める時が来たと思いました。

 

自分勝手な人が多すぎて、収拾がつかなかったのです。祈っても私の心は「辞めたいです。もうやれることはやりました。辞めて次に行きたいです。」と告げていました。でも神様から辞める方向へ変えて下さる予兆、状況もなく、なければ自身から退職届でも出そうとしました。

 

そんなある日、本社課長から水面下で働き方改革を進めているお話が舞い込んで来ました。社長から将来的には週休2日制にしたいということを聞きました。しかしこの状況でとても出来る状況ではなかったのです。

 

2017年12月末までお祈りをしている中、私は過去ありとあらゆる仲間から仕事の話を聞いたことはあるものの、会社そのものを抜本的に変えた人の話は聞いたことがない事に気がつき、神様と共にやればブラック企業もホワイト企業に変わるのではないだろうか、社長もそうなりたい気持ち、計画があっても目の前が忙しければ出来ない、何か光が見えた気がしました。

 

でも状況は苦しく「無理無理」と思う日々、お祈りをして決心して「よしっ!!」、でもすぐ状況に「無理無理」の日々でした。そういう日々を過ごしている中、従業員と接し、人と接する中で、従業員の心、思いが分かるようになってきました。

 

本社課長にも従業員はこう思っている、こう考えていることを伝え、課長から従業員にこのように計画しているから頑張ろうなど、橋渡しもどきをしていたら、ほんのちょっとではあるけど、会社の意思、遅刻、欠勤も減ってきました。

 

変化に希望を見出した私は完全に主の前に「この会社を週休2日、ホワイト企業に変えます。」と決心しました。2018年2月はじめの出来事です。

 

2018年2月20日社長、本社課長、私(主任)で水面下に進めてきた働き方改革第一次、2018年3月から水曜日16時半夕礼をし退社、土曜日従業員は早めに退社、日曜日出勤の禁止が実施されました。本当に山が動くような大きなことが起きました。

 

お祈りして良かったと本当に思いました。まだ途中段階ですが、これからも神様と共に変えていきます。

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