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サッカー、特にワールドカップ2014を通して

サッカー、特にワールドカップ2014を通して

摂理と将来のビジョン。

こんにちは、satoです。
昨日は主日。午前中は礼拝を捧げていました。今週もとても深い御言葉を鄭明析先生が用意してくださって、私たちが神様の御心を成すための方針を教えてくださいました。本当に感謝します。
ところで、同じ時間に地球の反対側では「2014ブラジルワールドカップ」日本代表の初戦がありましたね。私はあまり関心がありませんでしたが…礼拝後、サッカー経験者の兄弟が試合経過を見て「1-2で負けている」と教えてくれました。そういう情報を聞いたら、やはり興味が湧く(笑)色々情報を収集しました!
実は、今週の鄭明析先生の御言葉は「夢を軽んじるな。夢は啓示だ」という主題でした。その中で「昼起きているときも、神様は人を通して、万物を通して啓示を与えてくださる。だから、考えをはっきりさせなさい」という御言葉がありました。その週に行われたワールドカップ、それも日本代表戦。これは何かメッセージがある!と思って考えました。
さて、日本代表の初戦、結果は残念ながら1-2で負けてしまいましたね…。
前半は最近世界で活躍中の本田選手が先制点を挙げました!やはり、本田!
どうやら4年前も初戦の先制点は本田だったようです。
本田選手に関して私が聞いたことのある話は「子供の時から将来のビジョンが明確だった」ということ。
ただ「サッカー選手になりたい」、「ワールドカップに出たい」というレベルではなく、「何歳にユースに入団、何歳にプロ選手、何歳に日本代表…」といつ成し遂げるのかを明確に定め、そのために「練習をたくさん頑張る」と今何をすべきかまで…小学生の夢として決めていました。
正直…「そんな小学生いるか!?」と言いたいですが(笑)しかし、鄭明析先生も小学生の時から「イエス様を一生恋人のように愛する」とその人生を決めていたことを考えると…やはり「幼い時に何を考え、何を決めるのか」ということは人生を大きく左右するのだなと思います。
それとは対照的に「今、何をしたいのかわからない」「将来の夢はない」という若者がとても多い、この日本。それを嘆く人もいますが…。正直、夢を持つのは今からでも遅くないと私は思います。
私も現在行っている「研究」は子供の時から目標としていたことではありますが、それ以外の夢はほとんど何もありませんでした。そして、研究の夢もおぼろげになって…人生を無駄にしていました。
それでも、鄭明析先生の御言葉を通して「神様を愛する」という人生の目標を知ったこと、そして「研究の夢」を思い出したことで今では生きがいのある人生を送っています。そして、新たに「全ての人に希望を与えたい、神様と周りにいる人が心から笑えるような世界にしたい」という私の人生の骨格もできました。そのためには「まず私が笑えるようにならないと」ですが…(笑)
「夢を探すこと、見つけること」を諦めないでほしいと思います。
夢、希望は「人生の生きがい」ですから…。

 

摂理と一瞬の出来事。

…ワールドカップの話をしようとしたら、いつの間にか脱線していました(笑)
気を取り直して。
さて、前半は本田選手のゴールで先制をした日本代表。しかし…後半に入り逆転されてしまいました。
しかも、「わずか2分の間」に。
そう、勝負というのはどこでひっくり返されるか分からない。前半に勝利しても、後半は分からない。
もちろん、日本代表が油断したわけではないでしょう。それでも、逆転された。
これと同じく、どんなに私たちが今日、あるいは今までよく生きられたとしても…「明日はわからない」ということです。本当に「わずか一瞬で」順調だった道が破たんしてしまう、ということはあります。
それは…神様を信じる上でも同じこと。
だから、神様は起きているときには「直感・予感・霊感」や「感動」を通して啓示を与えます。
「その人が患難を避ける」ことや「その人が祝福を受けられる」ようにするために、です。
そして、夜には「その日起こること」を「夢」を通して見せてくださいます。夢というのは「幻想」ではなく魂の世界という立派な「現実」なのです。
実際、夢を通して神様が助けた出来事は聖書に多く書かれています。
イエス様は生まれたときにヘロデ王によって殺されそうになります。しかし、神様が父ヨセフに夢でエジプトへ逃げるよう啓示し、その通りにしたことで生き残りました。
また、ヨセフは夢で「兄弟と親が彼を拝する」という出来事を見ましたが、後に奴隷として売られたエジプトの地で総理大臣となりその夢が実現しました。
このように鄭明析先生の御言葉のとおり「夢を軽んじるな。夢は啓示だ」ということです。
私たちも普段見ているはずの夢、そして「直感」や「感動」。
普段見過ごしていたそれらをこの機会に一度顧みてみませんか?

 

摂理と物事を極める近道。

こんにちは、satoです。
今日は韓国代表の初戦でしたね。摂理にいると、日本だけでなく韓国やドイツなど…摂理の福音が入っている国の動向はかなり気になっています。今年は開催国がブラジルですが、ブラジルは昨年現地の人で御言葉を聞くようになった人がいる、という話を聞きました。なので…今年のワールドカップには何かあるのではないか…と期待してしまう(笑)
さて、今日は韓国戦…ではなく「ドイツ戦」の試合結果を見て感じたことについて。
ドイツはポルトガルと試合し4-0で快勝しました。ミュラー選手が今大会初のハットトリックを決めたり、守備でも活躍するなどまさに英雄のごとき活躍っぷり。彼は「左右に流れて後ろから走って来る選手にスペースを作る」とか「はじいたボールをシュートする」とか、その動きが素晴らしいです。
また、ドイツはチーム全体としても「パスした人が走って、次のパスをもらえるようにする」という動きを早く行うことで終始優位に立ちました。
こういった動きは基本的なことで、私たちがサッカーする時も「パスをしたらすぐ走る!」という指示はよく聞きます。しかし、これって案外やるの難しいんですよね…パスをするのに集中し過ぎて、頭の中が「パスをする」ことでいっぱいになっているから、それが終わった後「終わった…」感がして瞬間意識が切れるのです。こういった基本的なことでも、訓練しないとできませんね。
この試合を通して、「何をするにしても基本的なことを極めるのが上達の第一歩だな」と悟りました。信仰生活においても、鄭明析先生が教えてくれた基本、「祈り、賛美、感謝、聖書を読むこと…」があります。私は今…どれくらいできているのでしょうか?
ちゃんと確認、点検して訓練しないと。
それにしても…「シュートしたこぼれ球を決める」って、個人的にはとても好き!それは鄭明析先生がサッカーをするときはFWをするのですが、シュートしたこぼれ球を決めることをとても喜ばれるからです。私もそういう「仕える」プレーができるようになりたいと心がけています。

 

摂理と日本魂、その美しさ。

こんばんは、satoです。
ワールドカップが続いています。
今日はなんと、前回王者のスペインが早々に敗退する、という大番狂わせがありました。前回も前に優勝した国がグループリーグ敗退…ということがありましたが。これはいったい何を意味するのでしょうか?
さて、明日は日本vsギリシャ。グループリーグ突破のためには負けられない一戦です。前回は礼拝もあってリアルタイムでは見られませんでしたが、今回は見れます。どうしようかな…。
そういえば、こんな記事をネットで見ました。
サッカーの応援って結構熱いのですが、そのためにチームが負けたときに怒り狂って物に当たったり、スタジアムにゴミを捨てたりする人がいるようです。よくフーリガンとか聞きますが。
しかし、日本代表が前試合でコートジボワールに負けた後、サポーターはゴミを捨てた…のではなく逆にゴミを拾って、応援席をきれいにしていきました。このことが海外メディアで評価されました。
このような日本人の「美しさ、潔さ」は本当に素晴らしいと感じますし、誇りに思います。
日本人はどんなに辛い環境でも、どんなに自分が苦しくても「相手のことを考えて配慮する」という精神に基づいて行動します。そして、規律を乱しません。それは東日本大震災の時に、被災地で略奪行為や事故がなく、互いに助け合っていたことからもよくわかると思います。
このような精神は鄭明析先生も「天の気質を持った民族だ」と誉めてくださいます。
日本人は忠誠を尽くす。
日本人はしっかり準備する。
日本人は真面目だ。
このように、鄭明析先生は日本の良いところをたくさん話されます。本当に、日本には「天に通ずる美しい精神」があります。
だから、そういう日本の「良いところ」をもっと誇りに思ったらいいのではないでしょうか?日本は他と比べてこれが劣る、あれが弱い、それは悪い、と色々言う言葉はありますが、良いところだって、こんなにあるんですよ。そういう価値を大切にすることが、日本をよくしていく第一歩だと思います。
それは「縮小して」見れば、私たち一人一人も同じ。「あなた」という価値を大切にすることが自分を愛する第一歩です。
日本人は努力家だ、と先生は話されました。その努力と美しい精神で、明日も…ガンバレ日本!

 

摂理と見守る神様の心情。

こんばんは、satoです。
今朝は日本戦でした。私は…テレビがなかったのでネットで状況を見てました!朝御飯を外で食べたときに、ちょっとだけテレビで見ましたが…。
さて、試合結果は皆さんもご存じの通り、スコアレスドロー。個人的には10人になったけど点数を取らせなかったギリシャの方が一枚上手だった、というところでしょうか。ギリシャ監督の言うように「11人だったら勝っていた」のかもしれません。
そういう意味では…日本代表は助けられたのかもしれません。私はそのことに感謝しようと思います。なぜなら、まだ可能性があるから。
しかし、試合最中、点数が動かない、というか日本が取れないのを見て、本当にもどかしく思っていました。中継で見ているのではないので、何をしているのかわからないために余計にもどかしかったです。(ネットの試合状況ってシュート数とか点数しかわからないのです…。)
「どうして10人相手に点数を取れないんだろう?」と思っていました。(たぶんギリシャは完全に守りに入っていて取れないのだろうとは思っていましたが、どうやら当たりのようです)
いつもならそんなある意味で「責める」ようなこと思わないのに…。
そんな自分に驚きを感じていました。
そして、それを分析しているときに気づいたのです。どうして「点数が取れないのだろう」と思っているのかが。
それは…日本代表にそれだけの力があることをわかっているからだったのです。
もし初めから「世界には通用しないようなチーム」だとわかっていたなら、たぶん「点数が取れない」なんてこと考えなかったと思います。むしろ点数がとれたらビックリします(笑)でも、今回のチームは本田選手や香川選手などのように「世界でも活躍している」人が多いです。その実力も(あんまり試合見てないけど、なんとなく)わかります。だからこそ、点数が取れることを期待している。点数が動かないことをもどかしく思っている。
神様も、これと同じなのだな、と思います。
私たちが御言葉を行えないこと、引き上げの変化をなせないことをもどかしく思われる神様。そういう心情の御言葉を最近はよく聞きます。それは、私たちに「それだけの力がある」し、私たちに力がなくても「鄭明析先生の与えてくださる時代の御言葉」があるし、「先生の祈りの条件」もあるし、聖三位も全力で助けてくださる。しかし…サッカーの試合と同じく、先生も聖三位も私たちのいる生活で「私たちの代わりに行うことができない」。だから、余計にもどかしいのだと思います。
今、引き上げ100ー200-300線の御言葉が宣布されてからかなり経ちましたが、サッカーで0-0だとハラハラするように、神様も私たちが引き上げられないとハラハラされるのですね。いつ敵に襲われるか、負けるかわからないから。
1-0だと勝ってますが、それでもいつ逆転されるかわからない。それと同じく引き上げ100線だと引き上げは成したけどまだまだ不安な神様。
2-0ならほとんど負けることはないけど同点にはなるかもしれない。わからないけど、勝つ方に期待するし、わくわくする。それと同じく引き上げ200線はほとんど大局は決まったけど完全ではない。神様ももう一息力を入れつつ、完全になることを楽しみに待つ。そこに「負ける事への不安」はない。
3-0なら…これは100%勝ったと言えるでしょう!(確か今大会で3点以上取ったチームは全部勝利しているはずです。)これと同じく引き上げ300線なら神様も完全に安心して共に喜んでくださいます。完全に作られ、引き上げられたから。
早く、引き上げ300線を完全になして、神様を安心させて差し上げたいです。そして…最後まで諦めないで(日本代表の決勝T進出も、引き上げも)頑張ります!

 

摂理と「死の組」。

「死の組」。
それは、「強豪国」が集まるグループ。
世界の代表、その中で予選を勝ち抜いたチームが集まるワールドカップにおいて「死の組」ができることは必然。今年はグループDが「死の組」と呼ばれている。
前々回優勝国のイタリア。
前回4位のウルグアイ。
強豪と呼ばれて久しいイングランド。
いずれも優勝経験国であるこの3つが強豪国であることは誰の目にも明らか。そして、そんな強豪たちと哀れにも同じグループに入った「コスタリカ」。
誰の目にも、「決勝に進むのは3つの強豪国のどれかだろう」というのは明らかなようだった。
コスタリカは「如何にこの悲劇の中で奮闘するか」という考えで見られていた。
そして、昨日。
ついに、グループDの決勝進出国が現れた。
数々の死闘をくぐり抜け、「死の組」から脱した、その最初の国は…。
「悲劇の国」と言われ、哀れみの目で見られていたコスタリカだった。
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おはようございます、satoです。
冒頭からなんか物語風ですいません(笑)
ですが、昨日の試合結果を見た人はこんな感じで驚いたのではないでしょうか?
おそらく…見ている人の中で「コスタリカがグループリーグを突破する」と考えていた人はいなかったのではないか、と思います。
…ここまで書いて間違って更新してしまいました(笑)続き書きます。
しかし、イタリア代表のある人いわく「コスタリカをそう見ている人にはシンデレラのように感じるのだろう。しかし、ワールドカップにシンデレラはいない」と言っていました。つまり、「彼らは決して油断をしていない」し、コスタリカはそれだけの実力があったのです。決してラッキーだったわけではなく。
それと同じく。
摂理でも一見「この人が?」と思うような人が御言葉の講師をしたり、リーダーになることがあります。「この人が?」というのは…たとえば「摂理に来て間もない人」とか「若い人」とかですね。実際、こっちで牧会(リーダー)をしている人は30代の女性です…。
おそらく世の中から見たらあり得ないことなのだと思います。
世の中では年齢とか何年会社にいたとか、そういったところを重視しているところがほとんどです。あるいは技術があるとか、結果を出しているとか。しかし、摂理ではそういう「目に見える」ところは重視されません。むしろ「苦手な人」とか「やったことない人」とか「幼い人」が使われます。
これには色々あるのですが、一つには「摂理は神様を愛することが核心である」ということがあります。
たとえば、自分が得意とする分野があったとして、(信仰がない人が)自分でできる力があるのに神様を呼び求めるでしょうか?むしろ「できない」と思っている人がもっと呼ぶでしょう。
神様は幼子のような人を使われます。
幼子のように素直に神様を呼び求める。幼子のように神様に頼る。幼子のように神様を愛する。そんな人を神様はお使いになるのです。人間と神様は見る視点が異なるのです。
もしかしたら…コスタリカが突破できたのは「幼子」のようであったから、なのでしょうか?(力が相対的に弱そうという意味で…。)

 

摂理と「内輪で分かれ争う国は…」

おはようございます、satoです。
ワールドカップブラジル大会グループリーグもいよいよ大詰め!
今日から各グループが同時に試合して、決勝リーグ突破を目指します。
リーグによっては最終試合までどこが突破できるのか完全にわからない状態。どこも激戦が繰り広げられています。
今日はグループA・Bが試合でした。このブログを書いているころには試合が終了しているはずです。
グループBはすでにオランダ・チリが決勝リーグ進出を決めていて、今日はオランダが勝利しています。グループAは先ほど私が見たときにはブラジル・メキシコが勝っていて、大体予想通りの結果になりそうです。
今日はグループAのある国に注目したいと思います。
聖書に「分かれ争う国は立ちゆかない」という聖句があります。
マタイによる福音書12章25節です。
イエスは彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ、内部で分かれ争う国は自滅し、内わで分かれ争う町は家は立ち行かない。…」
あなたはこれを聞いて…ある国を思い出しませんか?
そう、「カメルーン」です。
カメルーンは大会前か様々なトラブルがチーム内で起きていました。そのために、代表選手が帰国するかもしれない、という話まで出ていましたよね。さらに、試合が不利な状況になると…なんと「試合中にチームメイトに頭突きをする」という前代未聞の事態が起こりました!
このようなガタガタの状態を反映するかのように、チームも今のところ全敗。今もブラジル相手に一点は取ったものの、「二倍」どころか三倍の点数を取られています。
私が摂理の礼拝にはじめて参加したときに、鄭明析先生が伝えてくださった御言葉の聖句もここでした。なので、この聖句とそのときの印象は今でもよく覚えています。そう、「本当にみんなが分かれ争わない、平和な世界」でした。
平和のために行われるワールドカップ。その理念を成すためには…まずは「チーム内」に平和がないと、ですよね。

 

摂理と「苦しみ」の先にあるもの。

こんばんは、satoです。今日はもう一つ投稿したいと思います。
…というか、実はこっちを先に投稿する予定だったのですが、心の整理がつかなかったことと物語が思ったより長くなってしまったために後になってしまいました。
さて…今日は日本代表のグループリーグ最終戦でした。
勝利が絶対条件、かつコートジボワールが引き分け以下なら…予選突破もあり得ました。
日本中が固唾を飲んで見守ったであろう、この試合…。
ですが、私は明け方の礼拝をささげ、お祈りをして、教会でミーティングをしている間に終わってしまいました(笑)
さて、結果は…。
「1-4」で…日本が敗退しました!…敗退しました…
意外にも落ち込んでいる私…。しかも、裏で「ギリシャ」が勝利したため、勝ちさえすれば予選突破できたために…あまりに残念です。…個人的には「祖国の平和を」と願っていたコートジボワールに予選突破してほしかった…
しかし、こんなこともあろうかと(?)鄭明析先生は今朝ちょうどピッタリな箴言を用意してくださいました。
10.ある時は「損」をさせて助ける。行く道を止めて助ける。そうしてこそ、その道に行かないからだ。
11.ときには<苦難と迫害>で助けることもある。<さまざまな苦痛>でうまくいかないようにさせて助けることもある。その時さまざまに錬達を受け、変化して、引き上げられるようになさる。その時に強くなるようにさせて、サタンも退かせるようになさる。
(鄭明析先生の明け方の箴言より抜粋)
これは「神様が糸一本でも助けて下さる時が機会だから、その時にしなさい」という流れで伝えてくださった箴言です。神様はいついかなる時でも助けてくださるのです。
例えば、この敗戦から4年後、世界に通用する日本代表になるのかもしれません。あるいは、この敗戦を通して私たちへのメッセージがあるのかもしれません。ちなみに…私は結果を通して「押しが弱くて、決定的なチャンスを逃す」癖があることに気づき、これを直さないと大変だ、ということを悟りました。
いずれにせよ。今回の結果を生かして、反省して、次には「二倍」復活した日本を見せたいですね!
そうでないと…今回の試合が無駄になってしまったなら、悲しいだけですから。
世界の舞台で戦った日本代表の皆さん、お疲れ様でした。

…しかし。個人的には日本は試合には負けたけれど、サポーターの精神ははっきり言ってトップクラスだと思います。

 

摂理と平和。

おはようございます、satoです。
今日も続くワールドカップ。Eグループでは唯一の初出場国、ボスニア・ヘルツェゴビナがイランを3-1で下してW杯初勝利をしたようです。
この国はユーゴスラビアからの独立を宣言してから1995年まで紛争があって、国際舞台への復帰が遅れていました。さらに、この国ではボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人それぞれがサッカー連盟の会長を立てていたため、FIFAから資格停止処分を受けていました。そんな混乱状態を治めたのが…全日本代表監督のオシム氏。彼が会長職に就くことで問題を解決し、そして今回ついにW杯本大会に出場しました。
今回の初勝利は、そんな平和を成し遂げた末に成された、貴重なものとなるでしょう。
ところで、日本では「集団的自衛権」が国会で可決される可能性があるそうです。申し訳ないことですが…正直今まであまり関心が持てませんでしたが、ある人から話を聞いて調べてみました。
「他国の戦争に使われる」という危険性を孕んだ、この解釈。今のところ、「日本と密接な関係にある他国」が攻撃され、国民の権利が根底から覆される「明確な危険」がある時に、自衛隊を派遣できる、という内容のようです。しかし…ということは「アメリカなどが戦争をしているときに、日本からも若者が戦争に行かなければならない」という可能性が出るわけです。
もちろん、そういうことがなければこの憲法解釈には意味はありません。でも。
私はこう思うのです。「果たして、武力で戦うことが戦争を解決する手段になりえるのか?」と。
日本の自衛隊は、その武力を、今まで「人を殺す」ところにではなく「人を生かすため」に使ってきました。物質支援や災害時の人命救助、復興支援などなど…特に東日本大震災の時や、今年の全国的な大雪による寸断があった時などは本当に活躍したと思います。
そのような「武力」ではなく「奉仕」活動が、そしてその根底にある「戦争放棄」の理念が、世界の平和を成すために必ず必要になると思います。その理念を一番実現している自衛隊の姿を、今より変える必要はないと私は思います。
せっかく「平和のため」のワールドカップなので、今この時に「平和」について考えてみました。
ところで、今回のワールドカップ…アジア勢は未だ勝利をしていないようです。唯一残っている韓国に期待がかかります。
相手はベルギー。肉的にはあまりに不利な、この一戦。しかし…韓国には摂理がある。神様が注目されているはず。神様からの助けを受けて、大会初勝利、そしてグループリーグ突破を成してほしいと願います。

 

摂理と状況打破と仕える精神。

こんにちは、satoです。
ワールドカップ、グループリーグが終了しました。残念ながら、アジア勢は一勝もできず敗退…(T_T)
色々感じるところはありましたが、やはり「ゴールを決めることの難しさ」ってありますよね。
たとえば、ベルギーvs韓国戦ではベルギーが一人退場したのですが、その後韓国は点を取ることができませんでした。むしろ、ベルギーが一点を取る展開に…。このように「人が少ないからと言って点を決めることができるわけではない」わけです。日本戦でもありましたよね…。
私たちもサッカーをしているなかで「キーパー、ディフェンスと一対一」というチャンスで外してしまうことは多々あります。(…私たちの場合まずは「技術が足りない」ってことが大きいですが。)あと、女性や初心者が多いからかよく「ゴール前に人が固まる」状態になります。そうなるとゴールを決めるのは至難の技です。これって…ワールドカップの試合でもよくありますよね?日本vsコロンビア戦では日本が相手の4倍のCKのチャンスがありましたが、一本も決められませんでした…。
では、そんな中でどうしたらゴールが決められるのか?
そういうときには…個の力だけではなく「全体を見た動き」が必要となる、と私は思います。
たとえば、「どう動いたらディフェンスを崩せるか?」とか「どうパスしたら、FWが走るスペースが作れるか」とか、あるいはもっと大きく「試合をどう動かすのか」考えた上での動きとか…です。
そういう動きは私たちにいきなりできるものではありません。そういう時、鄭明析先生は「まずは学びなさい。」とおっしゃいます。学んでこそできる、ということです。「こうしたらこう」というものではない、もっと「流動的」かつ「感覚的」なものですが…。
鄭明析先生が共にしている摂理人のサッカーは、基本「先生に点を決めてもらおう!」ということを中心にプレーしていると、試合を見ていて思います。相手も正直それはわかっているので、「先生に来るパス」を防ごうとします。徹底的に。それは「先生に命を与えない」というサタンの動きと同じです。では、どうしたら先生にパスできるのか?それを考えながら先ほどのような「試合を動かす」動きをしているように感じます。その根本は…「仕える」精神です。自分が前に出るのではなく、「先生に決めてもらおう」という心でする、真心の動き。
だから、摂理のサッカーは楽しいのです。自分が決めるのではなく「人に決めてもらいたい」と動くから…その人が決めたときに、みんなが喜ぶのです!それも一体になった喜びだから…本当に嬉しく、楽しいです!そんな経験を、私は摂理のサッカーで何度もたくさん経験しました。
状況を打破する「仕える精神」。それをサッカーで教えてくださる先生に心から感謝です。そして…いつかは世界で「仕える」サッカーが見れたらいいなと願います。

 

摂理と紙一重の差。

こんばんは、satoです。
ワールドカップ決勝トーナメントがいよいよ始まりました!
始まって早々激戦だったのが「ブラジルvsチリ」。なんと1-1で延長戦までやったあと、PK戦の末ブラジルが3-2で勝利しました…。
試合時間は通常の二倍。まさに「二倍頑張りなさい」という御言葉の週に相応しい試合だったのではないかと思います。
ところで…このことを書いてて気づいたのですが…。現在日本では新しい御言葉を宣布されました。しかし、あっちではこれから主日礼拝を捧げるわけです。「時差が12時間」なんですよね。改めて実感しました。鄭明析先生の御言葉が地球の裏側でも伝えられていると思うとそのスケールの大きさが壮大だなと思います。
さて、ブラジルにも摂理の信仰を守る兄弟姉妹がいまして、その人が現地で試合観戦をした際に気づいたことを書いてくれました。その記事を読んで、ブラジル代表がPK戦で「ひたすら神様に祈っていた」ということを知りました。そう、「一流の選手」でも「神様にお祈りする」んです。
そして。ブラジルのGKは「神様が働かれた」ことを証していました。それくらい彼らには「信仰」があるのです。
また、コロンビアvsウルグアイ戦でも、コロンビアが勝利を決めた瞬間に選手の一人が「十字架」を切っていました。あれは単なるかっこ付けのポーズではなく、神様への感謝、神様が働かれたことの証なのです。
よく「神様は弱い人がすがるものだ」という人がいますが、ブラジル代表が弱いという人はいないでしょう?彼らは肉体的にはもちろんのこと、精神的にも「90分走って考えて…」をするだけの強さはあります。そんな一流のアスリートでも「神様」を信じるのです。それは…「どんなに最善を尽くしたとしても、最後は神様を掴んだ人が勝利する」ということを知っているからです。
神様を信じる人は強いです。
聖書の中でも有名な「ダビデ王」は、子供の時羊飼いでした。
彼は羊を飼っているとき、羊を食べようとする狼を撃ち殺し、獅子の口を裂いたと書いてあります。鄭明析先生も「ダビデは恐ろしい人だ」と話していました。そして、ゴリアテという屈強の戦士を石投げで倒しました。すべて「自分に働かれる神様を信じる」が故の大胆さ、力なのです。
といっても…「一人で神様を信じる信仰をする」だけの労苦はあるのですが。
だから、「弱い人がすがる」という考えは捨てないとですね。自分ができる、という人にこそ「神様」は必要なのです。それは「自分にはできないことが多くある」から。

 

摂理サッカーとポゼッションサッカー。

おはようございます、satoです。
ワールドカップ、決勝トーナメント一回戦が終わりました。
これまでのグループリーグでは多くの試合でゴール合戦が続いていましたが、それとは打って変わっての接戦が続いています。なんと5試合延長戦、うち2試合はPKまでもつれ込みました。(そういえば、どっちの試合もブログに書いてるよ、私…)
かつて「サッカー不毛の地」と呼ばれたアメリカの善戦、「大穴」コスタリカの躍進など、見ごたえのある試合が続いています。
さて、昨今のサッカーは「ポゼッションサッカー」が主流なのだそうです。レアル・マドリードが昨年このサッカーをしていて、とても強かったのだそうです。完全に見た記事をそのまま書いている、というね。
ポゼッションサッカーというのは、簡単に言うと「ボールをキープする時間を多くして、短く確実にパスすることで試合展開を進める」サッカーのことです。ボールを敵に渡さないから防御もできる。(ボールを持てなければシュートもできないってね。)短くパスすることで、敵にボールを奪われない。そして、ゴール前でもパス回しをするなかで隙ができたら、パスを通して攻める!
もちろん、これをするためには色々な技術と体力が必要です。何せ走り続けなければならないから…。
こう書いてて気づいたのですが…これって前に私が書いた「仕えるサッカー」じゃないですか?確かに「パスをしたらみんなが走る」し、「ディフェンスを切り崩す動きが必要」だし…。
鄭明析先生ともしサッカーを共にするとしたら、強いパスはやはり負担が大きいですよね。もうお年ですし。(先生は現在70歳ですが、「私が出てきたらサッカーをしよう」という話をされていました。そのために現在も体を鍛えているのだそうです。)それに、先生に仕えるサッカーって、やはり「愛」を具現化したものだと思いますよね?私はそう感じました。
鄭明析先生と一緒にするサッカーの理想を考えていたら…「最先端の戦法」に到達してしまいました。こういうのも、神様の御働き「考えの祝福」なのでしょうか(笑)
しかし、このサッカーをするためには「自分一人でよくできる」くらいに作らなければならないです。まず、ずっと走るだけの体力。次に、正確なパスとトラップ。さらに、周りを見回してどこが通るのかを判断する能力…。正直これくらいできたら「未経験者」とは言えないでしょう…。
やはり、日々の努力が必要ですね。
-最先端は「個人がよくできること」だ。-

 

摂理と「エース」。

おはようございます、satoです。
私のブログが「個人がよくできること」についての箴言を書いている中でも、ワールドカップは変わらず進んでいます。今日は準決勝第一試合でした。
私がいつものようにgoogleの検索画面から飛んでみると…試合結果が。
1-7
1-7
1-7
いったいななぁぁぁ!?
…なんて、衝撃的な。個人的にはブラジル側にとって「悲劇」というより「惨劇」だと、感じました。
確かに今年のドイツはとてつもなく強かった。以前記事に書いたように基本を極め、強国ポルトガルに対して4-0で勝利するなど、攻守ともに優れていた。クローゼは今試合でW杯通算得点数の新記録を樹立した。
対してブラジルは前試合でネイマールが脊椎損傷のために試合欠場、主力のDFチアゴシウバが出場停止と攻守ともに主力を欠いた状態。苦戦はするだろう、とは思っていた。
しかし、しかし…。
それでも、『1-7』という大差がつくなんて。しかも準決勝で。
前回のワールドカップ記事にも書いたように…今回のワールドカップ、グループリーグでは得点が多く決まる試合が多かったのに対して、決勝トーナメントでは均衡した試合がとても多かったです。延長、PK戦もたくさんありました。
この前の試合は「最強の攻撃力」を持つオランダ相手に、コスタリカが完璧なラインワークで対処し、攻撃陣の不調も相まって、延長戦までスコアレス。PKでオランダが勝利しました。
試合は終始オランダが優勢でしたが、コスタリカは良くやったと思います。だって、あきらかに格上相手にジャイアントキリングを繰り返し、あわや今回も…という感じでしたから。オランダの攻撃陣に点を取らせなかっただけでもすごかったと思います。(…もっとも、さすがにほとんどボールを取れていない試合では勝つのは難しかった、とも思います。)
つまり、今回のワールドカップでは「ほとんどのチームで実力の差はあまりない」と考えていいはずです。
それだけに、今回の結果がとても衝撃的でした。…まさか、こんなことがあるとは。
と、あまりのショックにつらつらとここまで書いたのですが、少し落ち着いて「これを通して私たちに神様からのメッセージがあるか」考えてみました。鄭明析先生もそうやって万物から啓示を受けて、自分に吸収していましたから…。
というわけで、改めてこの試合結果を見てみると…あることに気づきました。この試合結果、どこかで見たことがある、と。
「チームの要がいなくなって、試合に負けてしまった」という展開。そう、ウルグアイvsコロンビアです。ウルグアイもスアレスが噛みつき行為の処分で試合に参加できなくなりました。ウルグアイは日本でも活躍しているフォルランなども出場して臨みましたが、コロンビアには勝つことができませんでした。
二つに共通するのは「チームのエースがいなくなったときに、試合に勝てなくなった」ということ。つまり「その人の穴を埋めることができなかった」というわけです。
これは…摂理でも同じことが言えます。
摂理で鄭明析先生は「一人一人には使命がある。それは神様を愛することだ。その人の穴は誰にも埋めることができない」とおっしゃいました。それくらい私たちには「価値」があるのです。人と比べるとこれといった特徴がない、と考える人もいますが、神様から見たら一人一人が「その分野のエース」なのです。
それが抜けたらどうなるか。
敵に勝つことができず、悲惨な結果になります。たとえ小さい使命だとしても…。使命を持っていないとしても…そのようになるのです。
だから。
私は摂理から離れないようにしよう、と決心しました。
たとえ、罪を自ら犯してしまったとしても、敵に攻撃されてダメージを負ってしまったとしても、諦めずに最後まで神様にすがり、ついていきます。
もし私が摂理から離れたとしたら、地上でもダメージが半端ないけど、神様の歴史、心情はもっと悲惨でしょう。…あの試合のように、敵に攻められてしまうから。
神様はすべての人を癒し、力を与えるだけの愛を持った方だから。
だから、私は最後までついていきます。
と、ブラジルvsドイツの試合を見て、悟りました。
-たとえ自分が小さいと思っていても、神様の目で見ればそうではない。一人一人が神様にとってとても大きい存在だ。-
-神様の視点では、すべての人が持つ責任分担があまりに大きい。それだけ神様が愛したからだ。だから、一人一人が個人でも良くできなければならない。-

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