摂理と状況打破と仕える精神。~サッカー、特にワールドカップ2014を通して その11~


こんにちは、satoです。
ワールドカップ、グループリーグが終了しました。残念ながら、アジア勢は一勝もできず敗退…(T_T)
色々感じるところはありましたが、やはり「ゴールを決めることの難しさ」ってありますよね。
たとえば、ベルギーvs韓国戦ではベルギーが一人退場したのですが、その後韓国は点を取ることができませんでした。むしろ、ベルギーが一点を取る展開に…。このように「人が少ないからと言って点を決めることができるわけではない」わけです。日本戦でもありましたよね…。
私たちもサッカーをしているなかで「キーパー、ディフェンスと一対一」というチャンスで外してしまうことは多々あります。(…私たちの場合まずは「技術が足りない」ってことが大きいですが。)あと、女性や初心者が多いからかよく「ゴール前に人が固まる」状態になります。そうなるとゴールを決めるのは至難の技です。これって…ワールドカップの試合でもよくありますよね?日本vsコロンビア戦では日本が相手の4倍のCKのチャンスがありましたが、一本も決められませんでした…。
では、そんな中でどうしたらゴールが決められるのか?
そういうときには…個の力だけではなく「全体を見た動き」が必要となる、と私は思います。
たとえば、「どう動いたらディフェンスを崩せるか?」とか「どうパスしたら、FWが走るスペースが作れるか」とか、あるいはもっと大きく「試合をどう動かすのか」考えた上での動きとか…です。
そういう動きは私たちにいきなりできるものではありません。そういう時、鄭明析先生は「まずは学びなさい。」とおっしゃいます。学んでこそできる、ということです。「こうしたらこう」というものではない、もっと「流動的」かつ「感覚的」なものですが…。
鄭明析先生が共にしている摂理人のサッカーは、基本「先生に点を決めてもらおう!」ということを中心にプレーしていると、試合を見ていて思います。相手も正直それはわかっているので、「先生に来るパス」を防ごうとします。徹底的に。それは「先生に命を与えない」というサタンの動きと同じです。では、どうしたら先生にパスできるのか?それを考えながら先ほどのような「試合を動かす」動きをしているように感じます。その根本は…「仕える」精神です。自分が前に出るのではなく、「先生に決めてもらおう」という心でする、真心の動き。
だから、摂理のサッカーは楽しいのです。自分が決めるのではなく「人に決めてもらいたい」と動くから…その人が決めたときに、みんなが喜ぶのです!それも一体になった喜びだから…本当に嬉しく、楽しいです!そんな経験を、私は摂理のサッカーで何度もたくさん経験しました。
状況を打破する「仕える精神」。それをサッカーで教えてくださる先生に心から感謝です。そして…いつかは世界で「仕える」サッカーが見れたらいいなと願います。

ABOUTこの記事をかいた人

「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。 軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。