摂理月明洞と「実体信仰」~科学も、宗教も。「現実と結びつかない」なら意味が無い。~


こんばんは、satoです。

今日は「摂理人Lunaのハッピーフライト」から、摂理のBible Study「エリヤの話し」ー非科学的なLunaが目から鱗だった科学的な話しという記事を見て、私が思ったことを書きます。
端的に言うと科学にしても、宗教にしても、「観念的に」学んだらなんの意味がないという話です。

こちらのブログの記事を要約すると、

「摂理に来るまで聖書の出来事が文字通り起きていたと信じていたLunaさんが、摂理の「科学とも矛盾しない」御言葉を聞いてビックリした」

という話です。
Lunaさんは(聖書の文面と科学が矛盾していることように見えることが遠因で)理科が好きになれなかった、と話していました。詳しいことは上記事をお読みください。

「科学が得意だった」、けど聖書を文字通り信じていたsato。

さて、実を言うと私も摂理でBSを聞く前、Lunaさんと全く同じ状態になっていました。
つまり、カラスがパンと肉を運ぶことが普通に「起きる」と思っていたんです。
正直、ビックリですよね(^_^;)
しかし。もっとビックリなことは…

私は理科、科学的分野は苦手ではなく、むしろ得意だし、好きだったということです。
テストの成績も比較的良かったです。さらに、現在も科学分野の勉強をしています。

これには思い当たるフシがありまして…。
まず、私は基本的に外に出て遊ぶより、マンガを読んだり頭の中でマンガやゲームを構築するなど内面で活動することが多かったです。そのためか現実離れした思考と行動を取ることが多く、その結果、非常に非現実的な現実認識をしていました。

次に、私は数学などの公式を当てはめる「ゲーム感覚で解ける問題」が得意でした。
このことが理系科目の成績に現れていたのです。その反面パターンのわからない状態で考えるということはそこまで得意ではありません。
また、科学的な知識を取り入れることはかなり好きで色々なことを知っていましたが、それを使って計算したり現実を認識することはあまりしていませんでした。
ちなみに、この傾向は現在もあります。たとえば、現実で何かが起こった時飛躍した考え方に陥ったり(特に悪い状況の時)、新しいことなど、パターンのない状況が苦手だったりします。

以上のことをまとめると、私は知識がたくさんあるけど、それを使って「現実の問題を解く」ことが非常に苦手という状態だったわけです。その上、そういう状態でマンガをたくさん読んでいたために「現実でもマンガのようなことが本気で起こるだろう」と認識していました。

それ故か、私にBSを伝えるのは非常に苦労したようです(^_^;)

どんなに科学の知識があっても…

私のパターンはかなーり極端ですが、このように「学校で科学を勉強したけど、それと現実が結びついていない」という人はそれなりにいるのではないか、と思います。
科学的に見れば明らかに「おかしなデータ」でも、いかにも科学的な検証をしたように書かれているような商品が流行っていたり、通販で出てくるちょっと怪しな商品とか…そういうのを見ると、そんな気もしてくるのです。

科学的な知識は、学校でたくさん学んできました。
そして、ネットでいくらでも最新の知識を得ることができます。しかし、それが頭のなかにあるだけではなんの意味もないのです。

これと同じく、宗教も「現実と結びつかないと」なんの意味もありません。
なぜなら、宗教とは「人の生活を良くするためのもの」であるはずなのに、それが「生活となんの関係もない」なら…それは存在意義を失っている、といえませんか?

摂理の御言葉は常に「実体信仰」、「実践信仰」です。
ただ、聞いていい御言葉であるだけでなく、それを使うことで現実が変化し、自分の生活が変化するから、とても良いのです。

実際、マンガを読むだけで何もしなかった私がブログを始めとした様々なことをするようになったのは、摂理の御言葉の影響がとても大きいです。

鄭明析先生の実体信仰


鄭明析先生が神様からの御言葉を聞いて実践した中でも大きなことの一つが「月明洞自然聖殿の開発」です。
特に、動画の「岩の造形」は神様からの構想を受けて作られた作品です。しかし、この巨大な岩を立てて作るのは簡単なことではありませんでした。
作業中5度岩が崩れました。しかし、先生は岩は崩れても、私の心は崩れなかったという精神、神様の構想を成就するという堅い心で最後まで作業し、これを成し遂げました。

と、簡単に書きますが。

実際ここまですることは簡単ではありません。
ちょっと想像してみて欲しいのですが…。

あなたが今、トランプタワーを立てているとしましょう。
52枚のトランプを使って高いタワーを作っている最中。とても集中してここまでやって来ました。もう精神は限界…。
そんな中、ついにあと一組。これを立てたら完成…さぁ、あなたはそれを手に取り…タワーの一番上に…
と、その時!
20150118_3155096.jpg
(摂理の猫カフェ|宗教へカルト・ラから)
突然、摂理猫が飛び込んできた!
その風で脆くも崩れ去るタワー…。
あっ…という間もなく、目の前には散らばるトランプたちが。

さぁ、あなたはここからもう一度トランプタワーを立てようと思いますか??

鄭明析先生はこういう状況で、こういう精神状態から、もう一度立て直したのです。あの岩の造形を。
鄭明析先生の御言葉はこういう実践から出てきています。だから、「実体的」な信仰、現実と矛盾しない信仰になるのです。

信仰生活も現実で。

どんなに科学を学んだとしても、それを現実で使えなければ意味がなく。
どんなに宗教を信じたとしても、それが現実に生かされなければなんの意味もない。
現実に生きる私たちは、現実の中で科学の知識を使って正しく判断し、御言葉を正しく使って生活をより良くしなければなりません。
観念で終わってはいけない。現実に成し遂げる信仰を。

ABOUTこの記事をかいた人

霊肉ともに生粋の道産子・摂理男子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生、かつ教育系の仕事を色々しています。 軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向。見て聞いて感じたことから深く考え、悟りを得ることが一番好き。祈りと賛美大好き(*´∀`*)グルメ巡りと御言葉を基にした小説作品は私の密かな夢。