こんばんは、satoです。
実家に帰っている間、テレビがずっと流れていました。
その中で、弟達があるアニメを見ていたのを見ました。そのアニメは『化物語』。
なんか昔アニメ化されていたのに、どうして今になって…と思いつつ見ていたのですが、私はあるシーンで、とても強烈な危機感を感じました。というわけで、今日はその話を深く掘り下げます。
※ここからは『化物語』のネタバレを含みますので、お気をつけ下さい。※
『悪徳宗教に騙されて…』という話。
そのシーンというのは、ある登場人物の過去の話。
その登場人物が小学生の時、命の危機に陥っていました。その母親は藁をも掴む想いで子供を助けようとしました。
そんな中現れたのがある宗教団体。母親は子供の命を助けるべく、その宗教に入会しました。
その甲斐あってか、子供は無事一命をとりとめます。ところがそれによって…母親が『宗教』に完全に没入してしまいました。
そして、あるとき…その登場人物が宗教団体の幹部によって性的暴行をされかけました。登場人物が抵抗したことでその身は守られましたが、幹部は重症。そのことが原因で母親がペナルティを受け、最終的には家庭崩壊をしてしまいました。
これが、その過去の事件のあらましです。(一部うろ覚えです)
…正直このことは忘れたくなっても仕方ないと思うのですが、そこはさておき。
私が危機感を感じたのはこういう『宗教にハマりすぎて正しい判断が出来ず、お金を失ったり、命を失いそうになったり、家庭崩壊をした』という話を複数の作品で掲載していることです。たとえば、私がこういう場面を見たのは『さよなら絶望先生』だった気がします。あと、何かしらの大人向け漫画にもこういう話がしばしばあります。
こういったことをしているのは一部の悪徳宗教だけなのですが、それを見た何も知らない人が『すべての』宗教に対して警戒してしまい、信仰が入りにくくなるというのが摂理の教会に通っている私にとって心の痛いことです。
実際、私もこういう場面をいくつか見ていたために最初摂理に来て御言葉を聞いていても、ずっと警戒していました。
『悪徳宗教』に騙されて、は現実でも…
こういう場面が描かれている原因の一つに、現実でも起きているということがあるでしょう。
有名なのは、オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件。それ以外にも幾つかの『宗教団体』が問題を起こしていました。また、有名人が『宗教』に騙されてお金を注ぎ込み…という事件も聞いたことがあります。
これに関して、2つ言いたいことがあります。
1つ。これらの『宗教』があることは事実だが、それによってすべての宗教団体を警戒し、避けるのは早計です。
「本来宗教が目的とするところ」を理解すれば、上の『人を騙して利益を得ようとする宗教』とそれ以外の本来の宗教を区別することはできます。
2つ。特に日本ではありがちなのですが、「本来の宗教の目的」に立って観ないと場合によってはその宗教が正しくても『人を騙して利益を得ようとしている』ように見えます。「本来の宗教の目的」からしっかり確認してほしいです。
いずれも共通しているのは本来の宗教の目的を知ることが大切だ、ということです。
日本は残念ながら宗教に対する認識があまり普及していません。そのために、どのような宗教が正しいのかをあまり区別することができず、偏見の目を持って見てしまうのです。
宗教の本来の目的、とは
さて、宗教とは本来どういう意味を持つものなのでしょうか。
宗教とは、本来人々がより良く生きるためのものです。
人がどのような目的を持って生きれば良いのか?苦しいときにどのように解決すべきなのか?
そういった目に見えない問題を解決し、導くのが本来の宗教の目的です。本来の宗教は人生の指針となるものなんです。人生をどのように生きるべきか、その生き方を提示するのが宗教の役割です。
そういうわけで、実は世界全体を見たときに何かしらの特定の宗教を信じているというのは当たり前のことなんです。
特定の宗教・宗派に属していることのほうが、一般的な日本人には分かりづらいのですが、特定の宗教・宗派に属している人から見れば、それは「『異なる宗教を持っている人』=『異教徒』よりも信用できない」という印象に繋がりかねないからです。-ビジネスシーンにおける宗教の扱い@All aboutより
信仰を持たない、ということはどのような人生の指針を持っているのか分からないということで海外の人には異端の宗教を信じる人より警戒されるらしいです。
そういうわけで、宗教であるなら、まず『人生の指針』となるものを提示するのが本来の流れです。その考えを理解し、信じる人が『自発的に』様々な行動をする、というのが本来の宗教のあるべき姿、だと私は思います。
この視点で見ると、人生の指針について何の提示もなく、高額な金額を請求して問題を解決しようとする『宗教』は怪しいと考えたほうが良いでしょう。
また、人生の指針について、理解し、信じられるように説明するのではなく脅迫するように教える宗教も気をつけたほうがいいです。たとえば、いきなり「あなた、不幸になるよ」と言われて、信じなさい、と言われるとか。もし、そういったことがあればひとまず避けるのがいいと考えます。
そして、その宗教で教えてもらった話で納得行かないことがあれば、たくさん確認することをお勧めします。人生がかかっていますからね。
ところで、『宗教』と鍵括弧をつけているのは、私の中で『人を騙して利益を得ようとする』のは宗教ではなく、完全に詐欺行為であるから、つまり『(悪徳)宗教』は宗教とは異なる、と主張したいからです。
摂理を含めたすべての宗教を出会い頭に信頼せよ、警戒するな…とは言いません。
これらの『宗教の本来の目的』をわかって、その上で確認をしてほしい、というのが私の願いです。
実際に私が摂理に来て…
最後に私が摂理に来てからの経験についてお話しします。参考になれば…。
私は摂理に来てから、暫くの間信仰を持ち切れませんでした。神様に対する信仰はあるのですが、御言葉が本当に正しいと信じることができなかったのです。それは、最初にも書いたとおり、『宗教に対する先入観』とネットを通して作られた『摂理に対する先入観』が強かったからです。
『しなさい、しないと大変なことになる』という御言葉を聞いて、『脅迫されているのでは?』と思ったことが何回もありましたし、なんだか良くないことをしているのでは…と思うこともありました。しかし、摂理ではその理由について、すべて御言葉で説明をしてくれました。
そもそも神様がいるのか?どうして神様を信じないといけないのか?
献金の意味とは何か?どうしてそれをしなければならないのか…。
聖書を根拠に、聖書を説明しながら、しっかりと一つ一つ説明してくれました。
そして、すべてが分かるまで強要されることはありませんでした。最初は若干無理やりやっていたところも正直ありましたが、続かず止めてしまいました。しかし、それでも罰を受けるとかそういうことはなく、むしろもっと御言葉で説明をしてくれましたし、やれやれと言われることもありませんでした。
たとえば、私は伝道がとても嫌だったのですが、それについて先輩に相談したら『無理やりしないで、お祈りしてあげて』とアドバイスをしてくれました。
そのようにして、私が納得して摂理にいられるようにしてくださいました。
今でもわからないことがありますが、そこは絶対理解できるように教えてくれるという信頼感、信仰を持てるようになりました。
一つ一つのことを丁寧に説明してくれる。そして、自ら行うのを待って、強要しない。
そういう宗教は、確かにあるのです。
この記事を書いたブロガー
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「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。
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