『摂理研究所』について

この度は当ブログ『摂理研究所』に訪問いただきありがとうございます。
私はこのブログの管理者のsatoです。
ここでは、『摂理研究所』がどのようなブログなのかについて簡単に解説させていただきます。

satoとは

まずは、私の簡単な自己紹介をさせていただきます。
私は摂理という宗教に所属しており、摂理の教会に通いながら聖書の信仰を守っております。
男性の社会人で、仕事は『数学の研究をしながら、色々な人に教える』ことをしています。一言でいうと『ポスドク』の立場です。

詳しい自己紹介については→satoについて

宗教団体『摂理』については→摂理とはどんな宗教なのでしょうか?

を参照ください。

『摂理研究所』とは

一般に「摂理」とは次のような意味があります。

1.自然界を支配している法則。「自然の―」

2.キリスト教で、創造主である神の、宇宙と歴史に対する永遠の計画・配慮のこと。神はこれによって被造物をそれぞれの目標に導く。

デジタル大辞泉

ここにあるように、摂理とは「自然界を支配する法則」であり、また「神様の計画・配慮」を意味します。

1:19なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。 1:20神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

ローマ人への手紙1章19-20節

聖書によると、「創造なさった神様の性質、神性」が万物によって知られる、とあります。
このことから地球で起こるあらゆる現象…世の中の事件、問題、あるいは動植物、天気、はたまた人間、人間が作り出した創作物から「摂理」を読み取ることが可能である、と考えられます。

このブログでは、satoが見てきたもの、経験してきたことを通して感じた『摂理』を探求し、あらゆることを通して神様の考え、願い、愛、真理…といったものを発信していくことを目的としています。
私自身が感じた愛や御言葉を直接話せば早いかもしれませんが、それだけだと理解しにくいし、あくまでsatoの経験、考えに過ぎないと受け止められても仕方ありません。私自身もそう思います。
一研究者でもある私のスタンスとして、『私の主観を伝えるより、あらゆる物事を紹介して、それを通して記事を読んでくださるみなさんがどう感じるのかに委ねる』ということを意識していきます。

主なコンテンツとしては『数学』『発達障害』『サブカルチャー』『スポーツ』『日常の出来事』『ニュース』、そして『物語』です。
形式は様々ですが、伝えたいことは1つ。

『神様はこの世界に存在しており、私達を愛して創造した』

ということです。
私自身もまだ信仰半ばの身、摂理を確信するに至るまで探求をし続けます。

さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。

ヘブル人への手紙11章1節

神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。

伝道の書3章11節