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摂理人の夢物語~精神状態と夢の相互関係~

摂理人の夢物語~精神状態と夢の相互関係~

こんばんは、satoです。

摂理に来ると、私たちには「肉体」と「魂体」と「霊体」がある、ということを知ります。
この中で魂体というのは私達の考え、心、精神が実体となった存在です。分かりやすいのは、夢。夢に出てくる自分というのは「脳の中にある自分の考え」が反映されていますよね。そのような存在が魂体というわけです。
というわけで、摂理に来てから夢というのがとても重要なものなのだということを知るようになりました。

さて、私は夢をよく見ています。
それもカラータイプ。AD/HD系の人は基本的にカラーの夢を見るらしいです。
ただ、私の場合大半が何かしらの物語というかドラマかアニメか特撮か…になっている、という特徴があります。
きっと世の中のメディアをたくさん見てきた影響かと思われます。
人によっては天国の夢を見たり、霊の世界の夢を見ることもあるのですが、私の場合はそういうことがほとんどありません。極稀に心がとても清くなった時に見たことがあるくらいです。

そして、夢のうち大半はどこか暗い、死んだような話が多いです。
人が殺されるか、悲劇的なストーリーか、あるいは悪夢か…そういう夢が本当に多かったのです。そういう夢ってどこか退廃的な感じがするんですよね。

実際、私の平素の考えにもどこかしら「退廃的」なところがありました。
あんまりやる気が出なかったり、どこか諦めてしまっていたり、ネットメディアにありがちな「空っぽの笑い」に共感していたり。
そういうのがすべて夢に出ていたのかな、と思います。

しかし、昨日はちょっと違いました。
記事で「愛着障害気味」である話をしたあと、自分のここ最近の不安定な精神の原因が幼少期の愛着の不足であったことを思い出し、そのことを告白しながらひたすら神様のことを考えていました。
具体的には、神様にひっついて、密接に対話する感じです。まるで子供が親に甘える感じで過ごしていました。
そうしたら、心の中がだいぶ安定して、御言葉も深く入るようになりました。

夜寝る時も、昔「親と寝れなかった」という感じがしていたことを思い出し、神様の懐で寝たいなと考えながら寝ていました。
そうしていると神様が近くにおられる感じがして、愛をたくさん感じました。その中で、昔のことを思い出しました。

私は昔から寝る前に、一人色々なことを考えていました。
心配とか悩みとか、空想とか、妄想とか…。だからか、寝付きがあまり良くありませんでした。
それってどうしてかって思った時に、一人で寝るのが寂しくてそういうことをひたすら考えていたんだなと思ったんです。

そのことを思い出して、とても涙が出ました。
こうやって、愛を感じながら眠れることに対する喜びと感謝、そして寂しさを埋めようと雑なことを考えていたことに対する悔い改めの心から、自然と涙が止まりませんでした。
その後、また神様に抱きつきつつ気がついたら寝ていました。

そうして今日も夢を見ました。
今日の夢は、仮面ライダーが出ていました。どうやら最終決戦のようでしたが、なんと両者ともに「参りました!」と謝って終わりました。その後場面が変わって、ある人が両親と共に晴れ着姿で写真と動画を撮っていて、そのお母さんがスピーチをする、という明るい夢でした。

最初の夢は、「愛を受けたい心」と「自立したい心」、二つの相剋する心がどちらも間違っていた(「愛を受けたい」と思って神様でなく世の中のメディアを見ていたこと、「自立したい」と思って神様に甘える事を許さなかったこと)ことに気づいて謝罪したことで仲を保つようになったことかなと思いますし、もう一つの場面は回復の象徴かなと。

やっぱり考えから変わると夢も自然と変わるんだなと実感しました。
今まではどこか退廃的で寂しい感じが残っていたから夢にもそれが反映されていたのです。

今日も一日主の懐に抱かれなから生活していきたいと思います。

でも、やっぱり夢見がいいと嬉しいですよね!
…起きた時間が明け方の礼拝5分前だとしてもね。…いやー、本当にぐっすり寝てしまいましたよ(´・ω・`)
でも、その礼拝で伝えられた御言葉で

愛する夫婦は布団の中で愛の言葉を交わす。

と出た時には完全に昨日の出来事だ…と恵みを受けるのを通り越して、笑いしか出ませんでした(笑)

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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