人はどうして勉強するのか?~知識が「実体」になるまで~


おはようございます、satoです。ちょっと間が空きましたが、「どうして勉強するのか?」についてのシリーズものその3です。

前回までで

「勉強する」というのは「より広い世界を見るため」にするもの

学校の勉強は決められたことをしっかりと求める、決められた訓練の要素が強い。それ故、先が見えない子供たちには面白くなく感じやすい。

また、今の時代は「情報化時代」なので、誰でもインターネットを通して高度の知識を得ることが出来る。なので、知らなかったことを知るだけなら学校でなくても出来る。

という話を書きました。

ただ「知る」だけでは世界は広がらない

しかし、実際のところ知識を多く得た人が新しいものを生み出せるわけでも、新しい世界を見られるわけでもありません。
もし、知識が多い人がより多くの世界を見られるのだとしたら、より多くの、高度な知識を得られる大学生は例外なく「違う世界」を体感しているはずです。
ところが、今の大学生を見ると「退屈」、「毎日がずっと同じ」と感じている人の方が多いように感じます。
これは単に勉強していないで遊んでいる人だけでなく、むしろ毎日大学に行って授業を受けている人の方がこう話している感じがします。
また、留学やインターンシップなどいわゆる「違う世界」に行った人でも、その後の生活は退屈している、なんてこともあります。

今の時代は情報化時代、と話したように、今や色々な人が求めればいくらでも「違う世界」に触れることができます。
それだけでなく、昔に比べて国内・海外など自分の生活圏を離れて違うところに行くことは容易くなりました。
それでも、「変わらない日常」に退屈している人が多いのは、それだけ「自分の見える世界」が広がっていないからだ、といえます。

どうすれば「世界は広がる」のか?

それではどうしたら「より広い世界を見る」ことが出来るのでしょうか?
また、「自分のいる世界」を広げることが出来るのでしょうか?

そのためにすることを一言で言うと知識を自分のものにすることです。
…具体的にはどういうことでしょうか?例を挙げて話しましょう。

砂糖水と食塩水

例えば、水に絵の具を混ぜて、しばらく放置します。すると、絵の具は沈殿してしまいます。
一方、砂糖や食塩は水に入れてかき混ぜてしばらく放置しても、砂糖や塩が沈殿するということはありません。…ありません、よね?
料理をしている人なら誰でも一度は見たことがあります。
また、砂糖や塩を溶かす時に、水温を上げるともっと溶けるということも知っています。

それでは、ここで問題です。

ここに2つの透明な水があります。一つは砂糖水で、もう一つは食塩水です。この2つを「味を確かめる」ということをしないで区別することが出来るでしょうか?

…正直こういうシチュエーション、料理をする時にありそうですよね。
色々な料理を作っている時に、たまたま同じ量の食塩水と砂糖水を作ったのだけどどっちがどっちか分からなくなっちゃった、って…。
味を確かめるのが一番簡単ですが、衛生的な問題とか分量の問題とかでやりにくい、って時、どうやったら区別できるのか、ってよくよく考えたら考えたことがないですよね。

この2つの水溶液が違うものである、というのは中学3年生くらいだったら習っていると思います。
食塩水は食塩(塩化ナトリウム)が水でイオン(塩化物イオンとナトリウムイオン)になって解けているのに対して、砂糖水はそうでない(専門的には親水性のヒドロキシル基が水分子と結合する)です。
しかし、これを味を確かめる以外で区別するにはどうしたら良いのか、というのはあまり考えたことがないはずです。
…そして、私もこの問題を今初めて考えました(´・ω:;.:…

ここで大事なのは自分で問題を考えてみる、そして知っている知識を自分の問題と結びつけるということです。
たとえば、食塩は無機物、砂糖は有機物、ということ、そして有機物は熱すると焦げる(炭素が出る)ということを知っていれば一滴フライパンに垂らして熱してみるということが思いつきます。
あるいは食塩はイオンになって溶けている→電気を通しやすい、砂糖はそうでないし水は電気を通しにくい、ということを知っていれば電気を流してみるとかいう方法も思いつきます。現実的かどうかはさておき(ノД`)

食塩水と砂糖水の溶け方の違い、に着目して考えるならこの「電気を通すか否か」が見分け方として思いつくのかなと思います。

このことも「砂糖水 食塩水 見分け方」と検索すれば調べることができます。
しかし、ポイントとしては学校で習った色々な性質を実際の生活に結びつけて考えるということなのではないか、と思います。

この「結びつけて考える」ことで知識として頭にあるものが実体として自分のものになるということです。

もっと言いますと、今挙げた方法を実際にやってみることが大事です。確認ですね。
実際に確認して、そのようになることを確かめて「実体と知識が結びついた」ということになります。

こんな感じで、学校で習った知識を実際にやってみる、生活の中で考えるかどうかが勉強したことがそれで終わるか、自分の世界を広げることになるか、の分岐点になるのです。

ABOUTこの記事をかいた人

「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。 軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。