北海道胆振東部地震から2年~生きることへの感謝~

おはようございます、satoです。

本日9/6。
北海道全体が揺れ、そして全道停電という未曾有の事態となった、北海道胆振東部地震から2年が経ちました。

私は2011年東日本大震災のときは横浜にいて、そこで震災を経験しましたが、2年前の地震はそれ以上の衝撃でした。
停電が起き、水が使えなくなったことによって避難所で一晩を過ごすことになり、生まれてはじめての被災経験をしたのでした。

当日の話はこちらに書きました。

北海道胆振東部地震~震災から復興まで~

その続きをなかなか書けませんでしたが、せっかくなので次の日の様子を書こうと思います。


次の日。

一晩を避難所で過ごした私達は明け方の御言葉を外で聞いた後、一緒にいた人から住んでいるところの現状を確認してもらい、午前中には電気が回復したので、自転車に乗ってあちらこちらを行き巡りました。

当時の写真をいくつか掲載します。

 

その後、一部の区域では夜まで掛かりましたが、札幌の中心部でほとんどの場所で電気が回復しました。

その後、様々な場所の工事がされ、信号が回復し、札幌は日常を取り戻したのでした…。

仕事で子供達と接した際、土砂災害が起きた知り合いがそこに住んでいた、ということが分かり、無事かどうかをとても気にしました。
最終的には無事であることが分かり、ほっとしました。


あれから2年が経ちました。

あのあと、多少大きな地震はありましたが停電にまでなることはなく、今では地震が起こる前のような生活を送れています。

改めて振り返ると、このような地震の中、またその後も、命を守ってくださった神様のことを感じずにはいられませんでした。
本当に大きな災害、特に全道停電ということが起こりましたが…

24:20あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。

-マタイによる福音書24章20節

この聖句にあるように、もしこの地震が冬に起きていたら、私達は生きていられなかったでしょう。雪山の中で何も持たずに一晩を過ごすことと同じようなことが起きたはずですから。

そう考えると、改めて今この場所に生きられることに感謝せざるを得ません。

現在はコロナが起き、また九州地方には巨大な台風が通過していますが、その場所で命が失われることがないように、お祈りします。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。